THE BRIDGE 製作年:2006年 監督:エリック・スティール サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジ。誰もが知っているアメリカを代表する観光地は、同時に自殺の名所でもある。1937年の建設以来、約1300人が自殺したといわれる橋のたもとにカメラを1年間据えた。その間、24人が66メートルの高さから海面に飛び込んだ。カメラはその一部を捉えている。そしてかつての自殺者の遺族の元を訪ね、インタビューをする。そこから自殺を図る人間の姿が浮き彫りになっていく…。
前々から興味があった作品だったのですが、久しぶりにレンタルショップに行ったところ、貸し出し期間が一週間になっていたので、借りることにしました。
僕は「自殺」という現象に昔か興味があって、卒論も「自殺問題」に関することでいこうと思っているので、かなり気になっていたんです。
本作を見終わって、まずサンフランシスコの人にとってブリッジが自殺の名所であることがよく知られていることに驚きました。
映画内ではブリッジで2004年に24人が飛び込み自殺をしたとありました。
2週間にひとりの割合で飛び込んでいることになりますね。
本作には欄干に足をかけ身を投げる人の実際の映像も多く収められてます。
近くを人が歩いていたり、サイクリングしていたり、家族で記念写真を撮ったりしている中で、身を投げていくその様子は、なんとも衝撃的。
公衆の面前での自殺ということでは、日本でも鉄道で頻繁に人身事故がおこりますね。
自殺という現象は日本でもタブー視されていることもあり、問題の大きさの割りには問題意識を持っている人は少ないように思います。そもそも自殺には、誰もがネガティブな印象を持ちますしね。
そのために、自殺に関して、誤った認識がされていることも多くあります。
例えば、このドキュメンタリー映画の中には、自殺を周囲にさかんにほのめかしていた人がブリッジの上から投身したケースが登場します。これは、個人的なケースとして片付けることのできない重要な示唆を含んでいるように思う。
「死にたいとまわりに言う人は絶対に死なない」という風に思っている人がよくいますが、そんなことはないということです。
映画で取り上げられているジーンという青年も冗談めかしで周りによく「死にたい」、「殺してくれ」と言っていたといいます。そのため周りもそれを受け流しており、行動に出てはじめて、まさか自殺するとは、と驚くわけですね。ジーンの親は「いつものことだ」と受け流していたし、同時に「いつもそんなことを言われると嫌気がする」とも話していました。
たしかに嫌気がするのも理解できるけど、それを言ってしまえるあたり、なんというかあけすけに物を言うなぁと僕には意外でした。
ジーンの親以外にも、自殺願望のあるわが子のことを語った父親が、「もう逝かせてあげよう思った」と言ってしまえることにも、やるせなさが残りました。
しかし、当事者にしかわからないことがあるのだろうと納得するしかありません。
全体的に包み隠さず回答者がインタビューに答えている印象です。
自殺を止められなくて後悔した人、「これでよかった」と内心では思ったと言う人、「いつかは必ずこうなった」と投げ出す人、自殺したことに怒りを感じたと言う人、親しい人を失った人達のそれぞれの気持ちが、語られています。かなりシビアなことをあっさりと言い放つ人が多いことに少し驚きました。
たとえ耳が痛くとも、こうした意見を聞きだすことは必要なのかもしれない。自殺願望を持つ人の家族やまわりの人のケアもまた自殺問題で取り組まなければならない重要な課題ですし。
ただし、自殺願望を持っている人にとっては、このドキュメンタリーを見ることはマイナスな部分がかなり大きそうです。
DVDの特典で入っていた監督インタビューも興味深かったです。
アメリカでは自殺は社会問題として取り上げられることがあまりないので、問題提起のために撮ったということでした。
ドキュメンタリーというのは、往々にして、社会を念頭におき、何を訴えるべきかが制作の発端になっているので、存在の意義が感じらますよね。特に今回のような、タブーでありながらも、しっかり取り組む必要がある問題なんかの場合には。
実際の投身の映像を見せることに対する批判や、プライベートに迫りすぎだという批判もあったとエリック・スティール監督自らインタビューで語っていました。
それに対し彼は「自殺に対する社会の偏見の方に問題がある。」と話していました。
この点は、実に難しい部分です。
社会にアピールをすることは必要だけれど、事細かな描写や、実行に至る経緯などを露にすることは、模倣自殺などを引き起こす可能性があるし、自殺願望を持った人に対しては刺激になる部分があるなと見ていてかなり感じたので。
けれど、自殺願望者以外の人が見たときの本作の存在意義はたしかにあると僕は思う。というか、自殺問題が如何にしてあるのかを知らない人が見ないことにはこの作品の意義はないと言える。
※僕の調べたところ、ブリッジでの自殺は当局が認識している数で2006年に34人に急増しており、その原因にはこの映画の公開があるのではないかということです。
橋での自殺に関しては本作の影響である可能性はありますが、しかしもっとも問題なのはたとえ映画の影響で橋で自殺をした人が出たとしても、それはあくまでトリガー(引き金)にすぎないということです。もしくは自殺を決行する場所がブリッジになっただけであり、僕は本質的な問題はそこにはないと思います。
予算の関係で実現はしていないものの、橋は柵をかけることで自殺を防げるといいます。しかし防止柵をつけて自殺を減らしたとしても、それはあくまで「ブリッジでの自殺」が減っただけであり、決行する場所が他に移るだけではないでしょうか。
なのでもっと問題の根底に目を向けなくてはいけないように思います。
とはいえ、やはり本作には模倣を引き起こすような描写があるので、注意しなくてはいけませんね。
(参考:AFP
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2169216/1254517 )
ネットで評判を拾ったところ、批判的な声もあるようです。投身する映像を写したことに対して「自殺を見世物にしている」という批判や「何を伝えようとしてるのかわからない」というもの。
僕はこうした批判は少し的外れな気がします。
大事なのはそこから自分が何を感じ取ったかであり、「何を伝えようとしているか」ではないと思う。
あえて言うとすれば、この映画は、自殺という問題を少しでも感じ、考えることを人々に提起することが目的なのだから。自殺問題に関心がある自分としては「なんてやつらだ!」と製作者に対して批判するだけの意見は、なんだか残念でした。
「映像に映し出された現実を目にしてあなたはどう思ったの?」という意見をこそ僕は聞きたい。
そこに何もないとしたら、それは監督の言う「自殺に対する社会の偏見」ではないのかと・・・。
もし、撮影し続けたために見殺しにしてしまった人がいたとしたら、製作者は責められるべきですが、
少なくとも映し出された映像に嘘はないのだから。
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PERFUME: THE STORY OF A MURDERER(2006) 監督:トム・ティクヴァ 製作総指揮:フリオ・フェルナンデス、アンディ・グロッシュ、サミュエル・ハディダ、マヌエル・マーレ、 マーティン・モスコウィック、アンドレアス・シュミット 原作:パトリック・ジュースキント 音楽:トム・ティクヴァ、ジョニー・クリメック、ラインホルト・ハイル 脚本:トム・ティクヴァ、アンドリュー・バーキン、ベルント・アイヒンガー 18世紀、パリの魚市場で産み落とされたグルヌイユは驚異的な嗅覚を持っていた。青年に成長したある日、赤毛の少女が発する至福の香りに出会うが、夢中になるあまり彼女を殺してしまう。死と共に香りも消えてしまうことを知った彼は、香りを永遠にとどめておく方法を探るため調香師に弟子入りし、さらなる技を求めて職人の街グラースへ向かう。途中、自分自身に体臭がないことに気づき衝撃を受けるが、やがて運命の香りと再会する。
いつか深夜にテレビでやっていたこの映画を、僕は眠い目をこすりながら見ていたのですが、途中で寝てしまい、序盤しか見ることができませんでした。
ということで、改めてDVDで借りてみました。
主人公であるパフューマーに関しては、人物像も異常性欲的な匂いフェチというだけであって、僕は終始一歩引いたところからしか見ることができませんでした。
別にキチガイであってもいいけど、ただそれだけで、魅力が感じられないんだな、残念ながら。
しかし見ていくうちにそこに重きはおいていなんだなとなんとなく納得しました。原作でもきっとこいつは単におかしい奴ってことで済まされているんだろう。
その匂いフェチを演じたベン・ウィショーは、キャラクターにあった演技をしていて、とても良いと思う。
ただ、すごい差別的なこと言ってしまうと、役者として顔がどうも好きになれない。
単純に僕の好き嫌いですが。
いろいろ文句言ってるけど、つまんなかったのか?と言われると、そんなことはなくて、究極の香水作りが始まる半分すぎたぐらいからは、作品に入り込んでしまいました。
やはり人気のある小説なだけはありますね。登場人物にはさほどの魅力はないのですが、そもそもの着想が良いのでしょう。
でも、処刑のシーンと最後のオチはあたし認めない。
ちょっと見る人をおざなりにしてる節があるな、この作品は。
特に大量殺人をしておきながら、アレは、ちょっと納得いかないっすよ!
原作者に責任があるのか、製作者に責任があるのかはわからないけれど
。
↑確認したところ、原作にあった重要な場面を結構カットしているらしい。また原作には主人公の人間的なところも書かれているみたいです。となると彼は単なるキチガイではないのか。
(まあでも、小説を映画化するのってすごく難しいんですよね。)
グロイ映画だという評判だったけど、気持ち悪いのは序盤がピークだったし、予想外に面白かったです。小説を読む意識で見れば、ほとんどの人はそれなりに楽しめるんじゃないかなと思う次第です。
公開当時、大勢の人が全裸で絡み合っているシーンが凄いとさかんに宣伝していた覚えがあるけど、ぶっちゃけ、そこまでではなかったな。
変に期待しすぎ?
そうそう、忘れてはいけないのがサイモン・ラトル&ベルリンフィルが本作の音楽を担当していることですね。ベルリンフィルが映画音楽を引き受けるのは今作が初めてだとか。
音楽をマンガで表現したり、あるいは、料理の味をテレビドラマで表現するのが難しいのと同じように、この映画で扱われている「香り」もまた実際の映像だけでは実感できません。
そこでその「香り」を表現するために音楽をベルリンフィルに頼んだのでしょう。実際に映画の中でも「香水」を音楽に例えるシーンがありました。
しかし、肝心のベルリンフィルに関しては、そんなに印象に残んなかったなぁ。
パソコン使って見てたからかしら? ソプラノが美しかったのは覚えてるんだけど。
Perfume---Trailer
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平凡社新書(267) 出版社:平凡社 ISBN:978-4582852677 発売:2005/04 いま、日本社会に格差と不平等が広がりつつある。「アメリカ型の競争社会を」という掛け声のもと、実際に進んでいるのは「イギリス型の階級社会化」だ。世代を超えて経済格差が継承されるだけでなく、意欲や希望といった内面までも生まれ育ちで規定され、たがいに交わらぬ「別世界」に人びとが生きる社会…。一〇年にわたる在英生活で階級社会をつぶさにみた著者が、日本の“ネオ階級社会化”に鋭く警鐘を鳴らす。
卒業論文の題材をそろそろ決めなくちゃなぁということで、手元にあって読んでいない本を読むことに。
この本、大分前に買ったもので、埃をかぶってました。
実際に読んだのは結構前なんだけど、なんか最近、本の感想を一切ブログに書かなくなっちゃので、載せておこうと思った次第。
「階級社会」というキーワードは今や深く、私たちの社会に浸透した言葉と言っていいと思います。
本書は、イギリスで10年間生活をした著者が、イギリスにおける階級社会についての実体験を踏まえた解説が主な内容で、それを踏まえて、日本がイギリス型の階級社会に進みつつあるという指摘がなされています。
しかし、あくまで著者が見聞き体験したことを挙げながら私見を述べているという印象が強く、論を進めていく上での根拠となるデータが圧倒的に少ないです。
特に、副題に「イギリス化する日本」とありますが、日本において、イギリス化が進んでいるのは本当なのかという点に関して、明示されるデータは皆無なので、本当に起こっていることなのかどうかわからない。この点は、専門家である社会学者が、しっかりしたデータを示しながら書いた書籍などを読まなくてはいけませんね。
けれど、全くもって読むのが無駄かというと、そうでもない。
「私はこう思う」という他人の意見を聞くつもりで読めば、中には共感できる点はあるだろうし。
そもそも、僕はイギリスという国に対して「ユーモア」だとか、「紳士的」といった印象だけを持っていましたが、本書で伸べられている著者の実体験に基づくイギリス像は、それとは違っていました。
厳然たる階級の区別がそこにはあり、属する階級によって、住む場所が違い、買い物をする店も違い、食事をする店やパブなどにおいても、たとえ同じ店だとしても、入り口がそれぞれの階級によって区分けされていたり、メニューの値段すら違う。
多くの人が抱く「ユーモア」や「紳士的」といった言葉が当てはまるのは、あくまでイギリスの上流階級社会だけのことだそうです。
自国から他国を見るときのステレオタイプという枠を実感しましたし、それだけでも僕には読んだ意味がありました。
著者は階級社会を生み出すシステムとして教育制度を挙げています。
イギリスにおいては、エリートの子どもは親と同じようにエリートの道を歩み、労働者階級の子どもは、そもそも親が教育に熱心ではないことが多く、やはり労働者階級に留まるのだといいます。
階級の移動はとても困難であり、もはやそれぞれの階級に属する人にとって、自分の所属する階級はアイデンティティのひとつとなっているとも言えるらしいです。
著者は日本もこうした階級社会に向かっているぞと指摘しているわけです。
階級社会はなぜいけないのかについては、あとがきの言葉が一番しっくりきました。
階級が固定化された社会は、必ず活力を失い、衰退する。なぜなら非エリートと位置づけられた若者たちが、将来に希望を持てず、モラルを喪失するからだ。(『しのびよるネオ階級社会』:215)
同じような仕事をしていても、非正規雇用だからという理由で、賃金を抑えられたり、仲介業者にたんまりお金を持っていかれたりという現状の労働環境の中で働いている人の中には「バカバカしい。」と思っている人もいるのではないでしょうか。
そうした人が増えてくれば、「如何に楽をするか」を考える人が多くなり、サービスの質は低下します。
更にそれが進むと、「自分が報われないのは社会のせいだ」というような考えに繋がり、犯罪に至るのかもしれない。
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TRANSFORMERS(2007) 監督:マイケル・ベイ 製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ、マイケル・ベイ、ブライアン・ゴールドナー、マーク・ヴァーラディアン 音楽:スティーヴ・ジャブロンスキー 脚本:アレックス・カーツマン、ロベルト・オーチー 探検家を祖先に持つサムは冴えない高校生。やっとのことでオンボロのスポーツカーを手に入れたものの、同じ高校のミカエラを家に送る途中に車はエンスト。せっかくの関係を深めるチャンスもどこかしまらない。その日の夜、彼のスポーツカーが突然家から走り去った。自動車泥棒だと思い必死で追いかけるサム。その先で彼は常識を疑うような光景を目にする。それは、巨大なロボットが歩き回る姿だった…。
見る前に予想していたよりかなりくだけた感じの映画でちょっとだけ驚きましたが、コメディーテイストが強くて終始笑わせてくれます。(セクター7のおじさんが最高!)
アメリカ特有の下品な笑いも自分としてはウケました。
突っ込みどころは多々あるけれど、かなりおちゃらけた映画なので、元々そんなところはどうでもいいのでしょう。
綺麗で勢いのあるCGを駆使したシーンの数々も、見ていてそこそこ楽しい。
でも、後半になって、笑いのないシーンが長く続くと、「なに、どっちのスタンスでいくわけ?」と見ていて困ってしまいました(^^;)
な〜んか、どっちつかずだけど、僕の中では『トランスフォーマー』は規模の大きいおふざけ映画といった感じでした。
ケチをつけると、全編で2時間半は映画の中身と内容からすると長すぎるなぁ。
最後のアクションシーンなんか特に、長くてだれてしまった。
どいつがどっちのロボと闘っているのか見ていてちんぷんかんぷんだし・・・。
あと、微妙に説教やお涙頂戴をまぜるのはやめてほしい。
何の余韻も印象も残らないから、暇つぶし用の映画ですね。
まさにほぼニート生活を送っている今の僕なんかにはぴったり♪
Transformers trailer
テーマ:DVDで見た映画 - ジャンル:映画
THE DARK KNIGHT 出演 クリスチャン・ベール、ヒース・レジャー、アーロン・エッカート、マギー・ギレンホール ゲイリー・オールドマン、マイケル・ケイン、モーガン・フリーマン 悪のはびこるゴッサムシティを舞台に、ジム警部補(ゲイリー・オールドマン)やハーベイ・デント地方検事(アーロン・エッカート)の協力のもと、バットマン(クリスチャン・ベイル)は街で起こる犯罪撲滅の成果を上げつつあった。だが、ジョーカーと名乗る謎の犯罪者の台頭により、街は再び混乱と狂気に包まれていく。最強の敵を前に、バットマンはあらゆるハイテク技術を駆使しながら、信じるものすべてと戦わざるを得なくなっていく。(シネマトゥデイ)
劇場に同じ映画を2回見に行くというのは、いつ以来でしょう。
映画館自体、僕はそれほど頻繁に行かないのですが、『ダークナイト』は一回見終わってから、興奮が収まらず、すぐに、「もう一回見に行きたい、はやく行きたいよぉ!」という気持ちでした。
その前に『ビギンズ』を見直して、『ダークナイト』に関してもネットで批評などを見たりして、細かい部分などを予習。初めて見る前よりも、遥かにドキドキ、ワクワクしながら映画館に行ってまいりました。
困ったことにお金がないので、レイトショーで見たんだけど、夜なのに沢山人がいて驚きました。
みんな結構利用してるんだなぁ。『20世紀少年』を見に来ている人が多かった模様。
ちなみに、僕が見た回の『ダークナイト』は、まあ、そこそこの入り。
同じ映画を2回見るのって、いろいろと新たな発見があるものですね。、この作品に関しては、本当にね、一回だけでは、気づかない点が沢山あります。
話の展開の仕方、その中での登場人物の絡ませ方、無駄のないカット、セリフの使い方、に関心しました。細部まで気を使って考えられている作品です。
今作ではヒース・レジャー演じるジョーカーがバットマンを飲み込むほどの強烈な存在感を持っていて、それだけに最初に見たときは、僕はジョーカーにばかり意識がいってしまい、作品を全体的にまんべんなく見ることができなかったんだけど、今回は他の登場人物をよく見ることができました。特にデントとバットマン+レイチェルの関係は、僕の中で大分引き立って見えてきました。あとはデントとゴードンの関係も。
いろいろ書いているうちに長くなってしまったので、ちょっとずつ見出し?みたいなものつけてみました。
■セリフの使い方■ 特に、僕が、「いいなぁ」と思えるのはセリフの使い方です。
ビギンズのときにも沢山ありましたが、セリフの使いまわし方がとても効果的なんです。後の出来事の伏線や、ヒントになっていたりで、エスプリが効いていてニヤっとさせられたり、あるいはズシンとくる。無駄なセリフが本当に少ないですね。
決め台詞みたいな、印象に残る言葉もかなりの数ある。
ちなみに僕が好きなのは・・・、一番最後にゴードンがバットマンについて形容したあの部分かな。
デントの会見シーンのセリフ、「夜明け前が一番暗い」なんかも印象に残ってます。
■マイナスポイント■ 良い所ばっかり挙げるのもなにかの宗教みたいなので、僕がちょっとイマイチだったと思う箇所を挙げておこうと思います。
それはトゥーフェイスのあの変わりよう。
全体のテーマから言えば、バットマンとジョーカーの間で、光の騎士から堕ちていくのは全く問題ないのですが、なんだか、一点を境にして急に180度人間が変わるさまが、物事の複雑さを描いている映画の中でどうも単純に感じられてしまい、メイク自体はリアルであっても、顔が変わってしまった後の変身がなんだかコミックっぽいなぁとちょっと違和感がありました。
(ただでさえ、長編なので、しょうがないところもある)
でも2回目見たら、なぜか違和感がなかった。
レイチェルとの最後の会話とかがあったからかなぁ。
あの会話+出来事は不覚にも、ウルッときてしまった(´;ω;`)
ゴードンの家族を誘拐したのも、デントとゴードンの関係が理解できるとそれほど無理があるようにも感じられないんですよねぇ。共闘関係でありながら、対立するところもあったし、デントがゴードンに対して不信感を持っていることも描かれていたし。
しかし最大の欠点はこれだな。
「息つく暇なさ過ぎ。」
■バットマンが闘う敵は強いなぁ・・・■ バットマンはいろんな意味で闘う相手が強すぎだと思うのです。
1作目の『ビギンズ』は自分との闘いだったと思います。(敵自体はそんなに強力ではない)
バットマンのトラウマとなっている恐怖を幻覚剤で浮かび上がらせるスケアクロウ。これはまさしく自分の中に潜む恐怖との闘い。
そして、バットマンの活動に繋がる技を習得した影の同盟が本当の敵でした。自分を育ててくれた人間が敵であるという一種のジレンマ?
影の同盟とバットマンの対立はなにが正義なのかということも匂わせています。
そこを乗り越えていったバットマン。
今作『ダークナイト』はというと、まさしく最凶の敵、ジョーカーとの対決。
彼はバットマンの行うことに対して容赦なく矛盾や疑問を突いていきます。非常にクレバーな面も持ち合わせており、それでいてサイコ。
敵だけじゃなく、バットマンの置かれる状況もかなり厳しい。
恋人からは「私が愛しているのはあなたじゃない」と言われ、光の騎士が去り、フォックスはブルースの行き過ぎた行動に決別を告げたりと、実に悲劇的でストイックに追い詰められていきます。
■ジョーカーはなぜ怖い?■ ジョーカーというキャラクターがなぜ映画の中でこれほどまで強烈な存在感を抱かせるのか、どうして見ていてゾッとする恐怖を抱かせるのか。
「why so serious?」というセリフは端的にジョーカーの性質を表しているように思います。目的や欲するものがあるわけではなく、ただ単に人々を混乱の中に落としいれ、ゴッサムが混沌としていくのがたまらない。理屈も何もなく、破滅を楽しんでいる。
・僕が怖かったシーン ジョーカーが相手の口にナイフを向けて口の傷のエピソードを話すシーンが2回(だったかな?)ありますが、あの部分は恐い。
あれは演技力が作り出している恐さですかね。
何か乗り移っているようだったなぁ。
「why so serious?」が耳に残る・・・。
・リアルだから怖い 現実の社会と照らし合わせたときに、重さを感じるのは、ジョーカーの持つサイコな部分です。
「俺がなぜ銃ではなくなくナイフを使うのか?」
ジョーカーは「銃だと一瞬で終わってしまってつまらない」と言うんですよ。「死に際に人の本性が出るんだ」と、まるでそれが楽しくてしょうがないといった感じに言い放つ。
これ映画としてギリギリの線じゃないでしょうか。特に今日の社会では・・・ギリギリOUT?
過去に日本でも異常な嗜好を持つ人間が実際に事件を起こしたことがありましたが、僕はそれが頭に浮かんできて見ていて緊迫してしまいました。
そう考えるとリアルであることはやはり大きな要因なのでしょう。
ゴッサムシティは深い闇の中にあって平和という夜明けを望んでいるわけですが、さすがにゴッサムまではいかないけど、映画全体を支配するダークさは、何か現代社会と重なる部分があるんですよね。
・ジョーカーは観客にも挑戦を仕掛ける なぜジョーカーは恐ろしいのか。
ジョーカーがバットマンの敵だけではないこともまた要因でしょう。
彼は観客に対しても敵対的なスタンスで画面から迫ってくる。
彼はバットマンだけでなく、さらには映画の中の世界だけではなく、観客へも問いかけを行い、挑戦してくるのです。
フェリーのシーンなどはそういう意味で象徴的なシーンではないでしょうか。
観客の多くはそこに自分を投影したことでしょう。
そして多くの人は、ジョーカーの仕掛けたゲームを、まるで自分もそこにいるかのような不安な気持ちで見入っていたはず。
「バットマンが正体を明かさない限り、市民を殺していく」というのも、ゴッサム市民に選択を投げかけただけではなく、そこに観客を引き込んでいます。
あの犯行ビデオのシーンは現実のテロリストがやっている類のものが連想されてリアルですよね。ヒース・レジャーの演技もキレキレでした。
しかし、前に1回見ているだけに、何をするのかわからないジョーカーの怖さは僕の中である程度緩和されており、「これは狙ってるな」という部分が見えてきて、「フフ」と口元が緩くなるシーンも結構ありました。実はコミカルな面もちゃんと計算しているんですね。
■『ダークナイト』はヒーロー映画?■ 2回目を見終わって感じたけど、ダークナイトに『ヒーロー映画』の枠は当てはまらないのかもしれません。(作品の中でも「バットマンはヒーローではない」と言っていますね)
「ヒーロー=正義、敵=悪(実は良いヤツだったり)」みたいな役割を与えたり、「ヒーローが敵を成敗してみんなハッピー」みたなわかりやすい映画では全然ないですよね。
そこは誰にでもわかりやすく盛り上がれる『スパイダーマン』なんかとは違います。(←なぜか蜘蛛男に敵対心のある私)
現実の世界に住む我々に直接重たい議題を訴えかけてくる社会的な映画でもあるし、アクション映画という1ジャンルにも閉じ込めて置けそうにない。
アクション映画でありながら、ヒーローが題材でありながらも、「子供無視!?」というほど暗く、怖い、しかも社会的な問いかけも含んでいるというね。
もしかすると、これは新しいヒーロー映画?
いやしかし、子どもが見られない分、大人に見て欲しい。
大人のほうが訴えかけてくるものは受け取りやすいだろうし。
一応言っておくと、お子さんが見ても結構楽しめると思いますよ、派手なアクションシーンが満載ですから。
仮に僕がガキんちょのときに見ても「うひょ〜、バットマンかっけぇ!」と思っていたに違いない。
でも、もし子供の頃にこれが公開されていても、僕の親は連れって行ってくれなかったかもなぁ。
■アメリカでのヒットと日本での・・・不発?■ 僕が驚いたのは、アメリカでこの映画が歴代興行収入の上位にまで上り詰める勢いで成功を収めていることもそうだけど、それ以上に日本でのこの・・・いまいち不発な感じ?
なぜ、ダークナイトは日本でヒットしないのでしょうね?
やや残酷で重たい内容だからでしょうか。
ホップでライトなイメージの『スパイダーマン』が子どもから女性まで受けて大ヒットしたのとは対照的ですよね。
ちょっとショックなんですけど、そもそもバットマンって今までのシリーズ作品どれも日本だとそれほどまでのヒットは記録していないんですってね。ネットでいろいろ見ていてはじめて知りました・・・。
僕なんて子どもの頃から大好きだったのに(つω-`。)
思えば、周りにあんまりバットマン好きな人いないもんな。
実は人気があるんだと勝手に思っていたパ・リーグがセ・リーグより遥かに人気がないと知って以来の大きなショックです。
(今ではパ・リーグも人気球団が増えましたけども。)
■ネット上のリアクションは上々■ 日本ではそれほどまでのヒットとはなっていないダークナイトですが、実際に鑑賞した人の評判はとても良いようです。評論家も含めネットでずいぶん沢山の批評を読みましたが、細かい点については人によって批判もありましたが、ほとんどの方が作品に対しては好意的でした。
なかには、「もう3回見た」だとか「2回目も行きたい」という方もいるようで、アメリカ本土と同じように、日本でもリピーター現象が起こっているのではないかな?という印象です。
『ビギンズ』のDVDを注文しようとしたらあるサイトは売り切れになっていたし、近所のレンタルショップでも『ビギンズ』が全部貸し出し中になっていました。これは、もしや、『ダークナイト』の影響?
■ヒース・レジャーへの賛辞多し■ ブログなどの感想には、とりわけジョーカーを演じたヒース・レジャーに対する称賛がとても多いですね。ヒース・レジャーは本作が完成する前に亡くなっているので、もしかしたら、そんな出来事も賛辞に多少は含まれているのかもしれません。
実は僕は作品を見終わって家に帰ってネットで調べるまで、彼の死を知りませんでした。正直言うと、名前も今回はじめて知りました。
その上で言わせてもらいますと、彼は本当にすごい仕事をしたと思います。
今回の映画を“支配”していたのは紛れもなくジョーカーでしたし、先代のイメージが残る中、そこに果敢に挑むという役者としての心意気みたいなのは、夭折したという先入観抜きにして、評価されてしかるべきだと思います。
「アカデミー賞に」という声もあるんですね。
映画史に残るといっては言い過ぎかもしれないけど、あれだけ魅力を感じさせる悪役はそうそういるものではないでしょう。ジョーカーの存在感が映画の原動力だったのは、間違いないですよね。
■『ダークナイト』の続編は?■ 早くも続編の声が高まっているようです。
次回作ではリドラーが登場して、リドラー役にジョニー・デップがオファーを受けたなんて噂もあるみたいです。
でも、僕はしばらくは『ダークナイト』に浸っていたいです。
つーか、これだけ「傑作だ!」とか評価しながらも、すぐに「続編は?」とか考えるなんて、贅沢すぎでしょうが!(実は映画見ながら自分でも考えてた。)
リドラーが、原作ではどういうキャラクターなのか、僕にはその知識はなくて、専ら『バットマン・フォーエバー』でジム・キャリーが演じたリドラーのイメージしかないんだけど、あれが(あいつが)、ノーラン監督の路線で絵的になじむのかなぁ?ととっても疑問です。
個人的にはスタイリッシュで映像的にも洗練された感じがする今作が好きなのでなおさら。
ま、僕なんかが心配することもないんですけども。
すべてはノーラン監督次第ですね。
今作を見た限り、バットマンはこれからもまだ茨の道を進んでいくような終わり方だったので、続編が出来てもまったく不思議ではないし、ファンからしても大歓迎でしょう。
でも次回作で『ダークナイト』を超えることを皆が求めるとなると、作るほうは大変でしょうねぇ。
ノーランは「今作はすべてを出し切った」みたいなことを言ってるみたいだし。
個人的には、続編が出ないとしても、全くかまわないと思っています。
以上。 ここまでダラダラ書いてきて最後に言うのも変なんだけど、まだ見ていない人は是非チェックしてみてください。
評判が高いのは決してバブルではないと思うので。
大抵の人はそれなり以上に楽しめます。劇場のスクリーンと音響でこそ映画の質感が生きる作品なのでやっぱり公開中にね。
バットマンについて全然知らないという人も見てみて欲しいなぁ。
バットマン映画の決定版と呼べる作品なので。
ただし、暗いの嫌い、恐いの苦手、ハッピーエンドじゃなきゃ嫌なの!、とかっていう人にはあまりおすすめできないかも。
特に僕は男性諸君に呼びかけたい。
男なら誰しもバットマンに憧れる心を持ち合わせているような気がするから。
ちなみに下の動画は映画本編のオープニング6分間のシーン。
盗撮などではなくて宣伝として公開されていたものらしいです。
(確証は、ないんだけど・・・)
The Dark Knight First 6 Mins 37 Secs
テーマ:バットマン ダークナイト - ジャンル:映画