集英社文庫(あ13-9)
出版社:集英社
ISBN:978-4-08-746257-9
発行:2008/1
篠田大介は、エリート営業マン。お見合いした静子は、笑顔のかわいい、たよりなげな印象の女だった。悪ずれしたところのない静子にいとしさを覚えて結婚を決意。だが、新婚旅行の初夜に……「無邪気な女」。男は指の美しい人妻・映子に溺れた。駆け落ちをしようと待ち合わせたバーに届けられたものは……「夜のアスパラガス」。日常にひそむ恐怖の戦慄を描くホラー劇場12編。
阿刀田さんの傑作短編集は、以前サスペンスものの作品を収めた「遠い迷宮」を読みましたが、今回はホラー作品を収めた短編集です。
全作品を読み終わってみると、ホラーよりもサスペンスの方が阿刀田さんの魅力が出ているような気がしました。何作品かかいつまんで読んでみての感想を述べたいと思います。
『菊の香り』
世にも珍しい二人称の小説です。
書き出しはこんな感じ↓
あなたは一年生。もうすぐ七歳になる。
家は木造アパートの2階で、母さんはいつもいない。母さんは東町のレジャー・ランドでキップ切りをやっている。
学校が終わると、あなたはアパートの鍵をあけ、だーれもいない部屋へ帰る。
ほとんどショートショートぐらいの短さしかないのですが、物珍しさはあるけれど、読み終えてみても「ふ〜ん」という感じしかしませんでした。
巻末の自作解説によると、この作品はレイ・ブラッドベリのショートショートから影響を受けて書いてみたとのことです。
では、次に僕が良かったと思う作品を。一番の傑作は『赤い音』という作品です。
構成が練られているし、細かい状況が物語りによく馴染んでいる。
台詞がほとんどなくほとんど女性の述懐のみで話が展開していくのも心理的な不安というのを引き出しているし、緊張感が伝わってきて話にどんどん引き込まれました。
最後に小説のスピードがあがるのもそうですが、サスペンスの要素がかなり感じられる作品です。
なんというか阿刀田さんのこれまで読んできたこの類の作品は常に一定のスピードで時間が流れて最後にゾッとさせられるという感じのものが多かったので、こういう典型的な手法がなぜか新鮮に感じられました。
ちなみにこの作品は星新一の『暑さ』という作品からの影響があるかもしれないと阿刀田さんは自作解説で述べています。
『無邪気な女』
結末が少しだけ強引な気がしないでもないけれど、これはこれで怪しい雰囲気を出すのに十分な人物像が描かれているので作品の世界に入っていきやすいです。
怖いというよりは悲しいという感覚を抱きました。
『妖虫』
阿刀田さんらしさでいえばこれかな。
なんとなくオチが読めるけれど、ユーモラスなアイデアに
なるほどねぇ。と唸ってしまった。
『恐怖の研究』
ホラーとして、一番怖いのはどれかといわれれば最後に収められているこの作品を僕は挙げます。
『ナポレオン狂』、『骨細工』など以前に読んだ作品との類似点が感じられる作品ですが状況の設定が上手いし、文体も普段の阿刀田さんに比べるとやや固く、どことなく重い雰囲気が出ていて良い。
ここからは「これはどうも・・・」という作品について。
『冷たい関係』
これは序盤を読むだけでオチがわかってしまった。
阿刀田さんにしては何故かこの作品はヒントの出し方が雑なんですよね。
ある部分が決定的に説明不足なのでそこを読むと結構簡単にオチがわかります。
まあタイトルからも容易に推測できてしまうのですが・・・。
隣の部屋からピアノを練習する音が聴こえてくるっていうのはリアリティを出すために良いエッセンスとして働いてはいるんですけどね。
『夜のアスパラガス』
どっちかっていうと心理的な恐怖ではなく直接的なグロテスクさが作品から滲み出ていて僕はあまり好きじゃない。『真夜中の料理人』もしかり。着想もあまりにありふれているし。
以上。
阿刀田さんは自作解説の中でこう述べています。
特別なところに赴いて特別な情況の中で恐怖を体験するケースは少ない。
私は日常的な恐怖を描くほうが好みなんです。そのほうが真実、怖くはありませんか。
はい。先生のおっしゃるとおりだと思います。
巻末の鑑賞は角田光代が担当しているのですが、彼女による「小説における恐怖」の考察もまた興味深いものでした。
ここにおさめられた小説には、呪いも怨霊も出てこない。ポルターガイストも地球外生命体も出てこない。描かれているのは、私たちのよく見知った日常である。そして、この作家は、日常をほんの少しねじる、。書かれた言葉と書かれていない言葉の双方で、想像力という私たちの内なる力を挑発する。
僕は昔からわりかしホラーというジャンルのものは小説であれ、映画であれ、ほとんど手をつけてこなかったのですが、なぜ自分がホラーなのに阿刀田さんの小説を読もうと思ったのか、そしてまた受け入れることができて、またそれをしっかり噛み締めることができたのか。
それがわかった気がしました。
ポルターガイストだったり幽霊だったり、それは端的に人を怖がらすことができるものなかかもしれないけれど、それはとても安っぽくて、芸もなにもない。言ってしまえば、極めて表面的なものです。
そうではなくて、自分が知っている日常風景の中から、過去にどこかで抱いていた恐怖心などを掘り起こされると、それはまさに心理的な深い部分での恐怖を生むのですね。
まあ、大抵小説の文末に書かれているこの類の文章というのは、著者を褒め称えるものなので、僕もそれにつられてすこし大げさになってしまいましたが、本音でいうと、やっぱりホラーよりはサスペンスの作品のほうが阿刀田さんの小説は好きだな。
それこそ、サスペンスはホラーよりももっと見えにくい、あやふやで掴みどころのないものに対する緊張感が発揮されますからね。
傑作集はサスペンス、ホラー以外にも、まだ刊行される予定があると書いてありましたが、もう出ているのかな?
是非、ホッとするような素敵な短編小説も読んでみたいです。


