文春文庫(い 1-33)
出版社:文藝春秋
ISBN:4-16-710033-9
発行:2006/12(新装版)
ソ連の老作家が書いた痛烈な体制批判の小説。その入手を命じられた元新聞記者・鷹野は、本人に会い原稿を運び出すことに成功する。出版された作品は、全世界でベストセラーとなり、ソ連は窮地に立った。ところが、その裏には驚くべき陰謀が……。
直木賞受賞の表題作など全5篇を収めた、初期の代表的傑作集。
今までエッセイでしか五木寛之に触れてこなかった僕としては五木さんがこんな話を書くのかと、大いに驚かされる作品集でした。
『蒼ざめた馬を見よ』
「これっていわゆる純文学っていわれるジャンルの作品なのかな」と素人の僕が思うほど、話の展開がどことなく重くて、主人公も心にもやがかかったような感じだったのですが、最後には一応オチがある話です。
これまで五木さんの小説に触れたことのない僕は、彼はなんとなく平坦なストーリーの小説を巧みな筆致による心情描写などを武器にして生き生きとした文章を描く作家なのではないかという先入観があったので、もちろんこの作品ではそういった描写もありますが、それよりもむしろイメージなどの細かい描写の方が多いことが少し予想外でした。
舞台設定がロシアというところもちょっと変わっていますが、裏に潜む大きな力というのを雰囲気として醸し出すには絶好のものだったのかもしれません。
たしか彼は早稲田でロシア文学を専攻していたんでしたね。
エッセイに見られる彼の思想信条みたいなのがちょっと垣間見えるところもあってそこは面白かったですね。この話で言えば、主人公の鷹野に関する記述、
彼はそこに一種の逆らう事の出来ない運命的な引力を感じたのだった。鷹野隆介にとって、理由はいつも後からついてきた。飛び越えてから考える──昔からそうなのだ。
逆らうことの出来ない運命的な引力というのは五木さんが言うところの「他力」というようなものですよね。僕は浪人時代の本当に苦しいときに五木さんのエッセイから始まって仏教の本などを読み漁っていたので、「おっ!」と思いました。
『赤い広場の女』と『バルカンの星の下に』の2作品には『蒼ざめた馬を見よ』と共通する設定がところどころに感じられて、これは中篇と短編の組み合わさった、いわゆる連作集っていうやつか、とようやく僕は気づきました。(なんと勘の悪い・・・)
ページ数が少ないこともあると思いますが、あまり文のリズムがよくない箇所がいくつかあったし両作品ともに話の内容もどこか淡白な印象でした。
それから読み終えた後の余韻というのが全くといっていいほど僕には感じられませんでした。
読んでから2分か3分もたてばすっかり忘れ去ってしまうようなそんな印象。なぜなのかはわかりませんが・・・。
『夜の斧』
国家の呪縛に苦しめられる中年男性の話、これはスリラーのような作品でした。
主人公を追い詰めるような出来事がいろいろと配置されていていいんだけど心情描写が浅いのかこれもどこか淡泊な印象。
最後は意味がわからなかった。あの部分で話を終わらせるのってありなのか。
短編(中編かな?)だからこそ可能ではあるけど、なんかすっきりしない。
『天使の墓場』
もっと展開(時系列)がスッキリしていてもいいのになぁと思ったけれど、この本に収められている作品の中では一番好きかもしれない。
他の作品と同じような終わり方をしているんだけど、大きな力をもつ権力に抗う人間の姿勢というのが後を引いて、ほかの作品より余韻が感じられるというか、読み終わった後に想像が掻き立てられて、良かったです。
さて、全作読み終えてみると、エッセイで慣れ親しんだ五木さんの持っているある種のニヒリスティックな感触というのは小説においても影響しているように感じました。
この傑作集に収められている作品には、いろいろな共通点があるけれど、一番は国家権力に対する、ジャーナリスティックな視線に基ずく批評というのがテーマだと僕は思います。
小説の技法に関してはあまりしっくりこない部分もあったけれど、後のエッセイで仏教などの精神世界に関することを書いている五木さんがそれを表題に選んだということには驚いたし、また関心しました。
でもこれは実はまっとうなことなのかもしれない。
よく考えてみれば五木さんはエッセイにおいても自分が言いたいことをメッセージとして発しています。
書きたいことがあるとき以外は筆を握らないことは過去に執筆活動を控えていた時期があったことからもわかりますし、「時代が自分に書くように仕向けるとき以外では書く気がしない」というようなことをエッセイにも書いていました。
宗教と政治という本来は水と油のようなもの(←これは僕の考えですが)でさえ、彼は「自分がその時々に必要だと感じたもの書く」ということを実践しているのかもしれませんね。
僕にとって五木寛之ほど自分の世界観や人生観に影響を与えてくれた(きっかけとなった)人はいないのですが、小説となると、「そこまでではないかな・・・」というのが今作品を読み終わっての正直な感想です。
本作のレヴューをところどころで拝見しましたところ、「内容が重い」とか「練りこまれた小説作法を感じた」という感想を抱いた方が多いようですね。
描いていること自体は重いことだとわかっているのですが、僕にはどうしても、余韻があまりなくて、淡白な印象の作品という風にしか感じられませんでした。
ただ、他の作品も機会があれば読んでみたいとは思います。
p.s.
ゴールデンウィークの旅行中に沢山本を読んでやろうと思っていたのに、結局読めたのはこの1冊だけでした・・・(^^;)


