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遠藤功 「ビジネスの“常識”を疑え!」

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PHPビジネス新書(30)

出版社:PHP研究所
ISBN:978-4-569-69082-7
発売:2007/4

「IT化が進むと、いずれオフィスから紙はなくなる」「労働力の安い中国がこれから世界の工場となり、日本の製造業は空洞化する」。ほんの数年前、こうした説に誰もが頷き、なかば常識だと思っていた。ところがフタを開けてみたらどうだろう。IT化は進んだが、紙の書類は減るどころか逆に増えた会社さえある。また国内の工場立地件数はここ三年、連続で二桁増という状況である。一体あの常識は何だったのか?
しかし、これは実は当然のこと。ビジネスとは日々移ろいゆくものなのである。
はじめから唯一の正解など存在しない世界なのだ。だからこそ、常識やセオリーにとらわれて思考停止に陥ると、往々にして判断を誤ってしまう。本書は一般に常識とされている60の項目を取り上げ、事例を挙げながら反証。いかに我々が思い込みの罠にとらわれているかを明らかにする。ビジネスで最も大切な、自分の頭で考え、判断する力を養うために最適な一冊。



今日、大学で就職ガイダンスなるものがありました。
来年はじめに就職活動のピークがくるわけですが、その前に今何をやっておかなくてはいけないのかなどのお話を一歩引いて耳を傾けておりました。

自己PRの練習なんかもしたのですが、笑顔でハキハキと話す他の学生を見ていたら「なんか、商品の勧誘をしている人のインチキそうな感じと似ているな。」なんてことを思ってしまいました。
もうね、思いっきりニカッーと笑っているんですよ・・・
就職活動の間はずっとこういう“ノリ”でやらなくてはいけないのかと思うと正直面倒くさいなぁと嫌気がしてしまいました。

「受験の勝者になるんだ!」
「オッー!!!」
「己に負けるな!!」
「オッー!!!」
「ニューヨークに行きたいかぁ!!?」
「オッー!!!」

みたいな大げさにポジティブなノリ。

僕はどうしてもこういうの苦手なんですよね。
短期のバイトをしていたときなんて、会社の社訓を大きな声で読み上げたりしていたし、やっている時は気にならないけれど、一歩引いたときに「なんか、すごい嘘臭い」って思っちゃう。

まあいいですとも、企業側だっていろいろと隠していたり、嘘をついていたりするんだから、こっちだって、大きな声でニカッーっと笑顔を浮かべて自分を着飾ってやりますよ。お互い様なんだから。


ハイ!
ということで、気分を変えていきましょう!
今は小説ばかり読んでいる僕ですが、その前は新書を中心にして、特にビジネスものなんかを意外と読んでいたのです。働くことに後ろ向きな上の文章からは想像できないと思いますけど。
ということで、今回は、本棚にあったビジネス関連の新書からこの本のことを書こうと思ったわけです。なんとなく。
以下は目次です。

序章 なぜ“常識”でビジネスを語ってはいけないのか
第1章 戦略における“常識”を疑う
第2章 マーケティングにおける“常識”を疑う
第3章 オペレーションにおける“常識”を疑う
第4章 人材活用に関する“常識”を疑う
第5章 マネジメントにおける“常識”を疑う



著者の遠藤功氏は早稲田で教えている方で、会社の会長もしているとプロフィールに書いてあります。

「常識」を疑うっていう視点というのは、僕はとても大切だと思うのです。
つまりは一旦既成概念を壊して、視野を広げてみようという姿勢ですね。
これはビジネスだけに関わらず、何にでも言えることですよね。
常識どおりに何かをやるのではなく、常識を疑ってみることで、新たな可能性が生まれますものね。
常識というのは、それが常識である、というだけのことで、それが常に正しいことであるわけではないのですから。

本書では、ビジネスにおける常識に対して、それに当てはまらない実際の企業の活動などを紹介しています。

例えば、「同族経営=悪」というイメージを多くの人を持っているけれど、同族経営で上手くいっている企業もありますよ。ということだったり、「敵対的買収=負のイメージ」で語られることがおおいけれど、中には買収されたことによってその企業が良い流れに向かうこともあるんですよ。といったことだったり。

結局のところ、読んでいて常識がひっくり返るというほどのものではありませんが、(というのも大多数がそうしていなければ、それは常識とは呼べませんからね)、ある常識(=基本)に対しての例外を提示することによって、「基本(常識では)はこうだ」と言われているけれど、中にはそれに当てはまらない例外もあるんだよ。ということを知ることはできました。

就職活動においても、学歴とかのフィルターはまぁあるとしても、基本的に多くの企業はイキのいい新人が欲しがりますよね。特にコミュニケーション能力だったり、積極性だったりを重視する企業が多いようですが、中には「ウチはこんな基準で採用してます」という独自の視点を持っている企業もあるんでしょうね。

なんだって、日本には星の数ほどの企業が存在するわけですから。
そういう風に考えると、沢山ある星の中から自分と適正の合う企業を探し出すことが、実は一番大事なことなのかもしれないなんて思いました。
3年で3割の新入社員が会社を辞めていくなんていうのも、理想と現実の相違が原因であることが多いのでしょうね。

結局就職の話ばかりしてしまいました(^ω^;)

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五木寛之 「日記─十代から六十代までのメモリー」

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岩波新書(新赤版 400)

出版社:岩波書店
ISBN:4-00-430400-8
発売:1995/07

一九四八年(十五歳)「…今是非ほしいもの.一,白ズボン 二,ラケット 三,風呂しき 四,自転車 みんな夢である」.一九六七年(三十四歳)「…コラム執筆…魚屋に寄りサバ二本求む…百グラム二十円にて二百二十円也」.身辺の出来事,友人たちや家族とのかかわり,読書の随想から旅の記録まで,五十年にわたり書き綴られた作家の日記.



学校の図書館で資料を探しているときに、ふと目に止まったこの本。
「五木さんの日記かぁ〜、これは面白そうだ」ということで借りて読んでみることに。

僕は五木さんに関しては小説よりもエッセイの方が馴染みが深いので、あまり自信をもっては言えませんが、ところどころ、「これはあの小説の着想となった出来事なんじゃないかな」と思うような部分があって、なかなか興味深かったです。

冒頭の10代の頃の日記を読んでいるときから、きっと余所行きの文章に書き直しているんだろうなぁという感じの文章で、後年の方になると、特に文章が表向きというか、誰かに読まれることをかなり意識している風に感じたのですが、「まえがき」によると、そもそもこの本に掲載されている日記はほとんどが雑誌などの連載からの抜き出しということで納得。

「まえがき」で五木さん本人が述べているように、深い部分で何を考えていたのかなど、その辺りは見えてきませんが、何をして過ごしたかという、最低限、出来事を列挙した日記として成り立っているので、五木さんが好きな人だったり、興味のある人は読んでみたら面白いかもしれません。

僕は結構興味津々な内容でした。
日記形式だから流し読みするような感じで気軽に読めたし。
作家としてデビューした後よりも10代、20代の若い頃の日記にページ数を割いてあって、30代以降、「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞を受賞した当日の日記や、昭和から平成に年号が変わったときの日記などは目を引きましたが、印象に残ったのはどちらかというと若い頃の日記。
以下に気になった部分を引用しておきます。


19歳の日記(1952年) 9月26日金曜
 どうも近頃神経が細くなってきてしまった。こんなセーターを着て学校に行ったらクラスの連中がどう思うだろう、とか、角帽などかぶって行ったらソ研の連中からケイベツされるかも知れないなどと、いつも心のしこりが僕をひるませる。
 全くの話他人がどう思おうと、それが、客観的に変でない限り自分のしたい事に気兼ねすることはないんだ。(『日記』:134)


19歳ということなので、大学に通っていた頃の日記ですね。
僕も大学に入った頃、一時期、「他人の目」が過敏に気になることがありました。
今は、「もうどうでもいいや。」という風に気にしなくなりましたが、実はこういう経験って多くの大学生がしているらしいですね。どこかにあった調査結果で見た覚えがあります。
五木さんにもそういう時期があったんだなぁと少し心強くなりました。

19歳の日記(1952年) 10月8日
 今の僕は今までになく性慾に悩まされている。女であれば、どんな奴でも良いと思う事さえあるのだ。
 セーラーの女学生など連れて歩いている学生などを見て腹を立てたりはしないまでも、何となくくやしいような気がする。(『日記』:150)


共感を覚えるとは、なんだか素直に言い切れない部分がありますが、
「へぇ・・・(やっぱり、そうだよな)」ということで(^^;)

これで終わるのも何なので、青年期に誰もが抱いたであろう、「漠然とした不安」というか、迷いが見える部分を引用しておきます。
今まさにこの時期、僕はこういう気持ちになることが多いです。

 20歳の日記(1953年) 1月15日
<ひとりごと>
……今の所なにをやってもつまらない。何か、すごく美しいもの、激しいものにぶつかりたいと思いながらも平凡な毎日を送っている、アヴァンチュールを思う。
 こんなつまらない生活にいやけがさして来た。
 情熱がとまどっている。
 何か来い。俺にぶつかって来い。(『日記』:169)

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シックスセンス

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高名な精神科医のマルコムは、かつて担当していた患者からの凶弾に倒れてしまう。リハビリを果たした彼は、複雑な症状を抱えた少年・コールの治療に取り掛かる事に。コールは常人には無い特殊な“第6感”――死者を見る事ができる能力――を持っていた。コールを治療しながら、彼によって自らの心も癒されていくマルコム。そして彼には予想もつかない真実が待ち受けていた……。



これほどの名作を今更見る自分ってどうなんだろうと思ったのですが、「やっぱり定番だから見ておこう」ということで見てみました。
そもそも、なんでかなりのムーブメントをおこしたこの作品をこれまで見る機会がなかったのかというと、僕はなぜかこの作品のオチを知っているんですよね、困ったことに。
たぶん友達か家族が話していたのを聞いて知ったのだと思いますが、「最後に驚愕の事実が判明する」ということがこの作品の最大の宣伝文句だったので、オチを知ってしまうと、どうしても見る気にならなかったのです。

なので今回は、作品の中でどのようにして「結末で判明する驚愕の事実」を匂わせながら話を進めていくのかとういう点に着眼しながら見てみることにしました。

これがけっこうビクビクで、例えばレストランで奥さんと博士の二人のシーンとか、「これどう乗り切るんだろうか」と違った意味でのドキドキ感がありました。
決定的っていうか、コアな部分は少年が博士に「死んだ人が見える」と告白するシーンですよね。
勘の良い人ならわかっちゃうんじゃないかと正直思ったけど。


見終わってみると、シックスセンスって結構暖かい作品なんですね。終わり方も良かったし。
ただ暖かいだけの作品でもなくて、僕がこの作品から感じた大事なことは、「それぞれの目に見えているものは違っている」ということ。
現実世界において、どうしても理解できない他人には、自分とはまるで違った風に世界が見えていて、感じていたら・・・
いや、きっとそうに違いないんだろうけれど、この映画は実際の映像となってそれを表現しているので、その点が強く印象付けられたように思います。


シャマラン作品は「ヴィレッジ」という映画を劇場で見たことがあるんですけど、この監督さんの仕掛けというかアイデアって、実は結構シンプルというか、言ってしまえば誰にでも思いつきそうな類のものなんですよね。ということはそれ以外の、作品の持つ雰囲気なども大きな魅力なんでしょうね。
他の作品も見てみよう。

あとひとつ、僕はオスメントくんの演技ってすごい苦手なんですけど、この作品に限ってはあまり嫌じゃなかったな。普段は大根役者のブルース・ウィリスも結構良かった。

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ヴァント&BPO/ブルックナー:交響曲第8番

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ブルックナー:交響曲第8番 1890年第2稿(ハース版)

ギュンター・ヴァント指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:2001年



はぁ、だるい。
梅雨の時期に突入したこの季節、晴れていて気温がそんなに高くない日でも、ジトジトしていてむさ苦しいですね。

大学3年生ともなると、就職活動が否が応でも視野に入ってきます。
はやいなぁ・・・、3年の夏から就活の準備が始まるので、大学生活は実質2年間ちょいです。
俺のモラトリアムが、刻一刻と少なくなっている。(働きたくないでござる)
「今からそんなことでどうする!」っていう話ですが、なんだか漠然とした不安感で私の心は満ち満ちております。

ということで、ブルックナーの交響曲を聴いてどこかにあるユートピアに思いを馳せています。
現実逃避ってやつですね。


あぁ、癒される。
ものすごい素人っぽい感想なんですけど、

やっぱベルリンフィルってすげぇ!

この音楽の質感に触れればそう思わずにはいられません。
僕の安物のコンポでさえ、圧倒されるスケールの音楽が溢れ出して来ます。
録音の技術が高いこともあるんでしょうね。
この一枚だけあれば、もう8番のCDはいらないや。(本当にこの一枚しか持っていません・・・)

いまだに生でブルックナーの演奏を聴いたことをない僕なのですが、もしこんな演奏に会場で触れることがあったら、たぶん泣いちゃうだろうな。

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阿刀田高 「短編小説のレシピ」

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集英社新書(0165F)

出版社:集英社
ISBN:4-08-720165-1
発行:2002/11

八百編もの短編小説を生み出してきたマエストロがみずから解説・案内する、短編小説の醍醐味。短いだけに、あらゆる技法を駆使した作品は、おもしろさも多彩。小説作りの源泉と技をも教えてくれる。向田邦子、芥川龍之介、松本清張、中島敦、新田次郎、志賀直哉、夏目漱石、ロアルド・ダール、エドガー・アラン・ポーなど十人の作家の、名作やユニークな作品を具体例として選んで特徴を解説し、短編の構造と技法に迫る。短編小説をより楽しく読むためにも、また書くためにも役立つヒントが満載。



以前に読んだ、「短編小説を読もう」と取り上げている作家(作品)が重なっている部分もあるのですが、相変わらず、阿刀田さんの短編小説に対する親しみというか、愛情が溢れているので、読んでいて感心するところも多かったです。

具体的で詳細な小説技法ではなく、「話をつくるアイデアのとっかかりがこんなところにあるんですよ」といった話や、ひとりの作家(作品)に対しての印象や、どのようにして創作されたのかという推測などが中心になっているので、「短編小説を書いてみたい!」という人にはもしかしたら期待はずれなのかもしれないけれど、短編小説に興味がある人や、普段から「どうやってアイデアを思いつくのだろう?」という作家の思考方法などに疑問を持っているような人にとってはかなり有益なことを知ることができて楽しいのではないかと思います。

また読みたい作家、作品が増えてしまいました。
特に向田邦子、ロアルド・ダールに興味が出ましたね。

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

恩田陸 「夜のピクニック」

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新潮文庫(お-48-6)

出版社:新潮社
ISBN:978-4-10-123417-5
発行:2006/09


高校生活最後を飾るイベント「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという、北高の伝統行事だった。甲田貴子は密かな誓いを胸に抱いて歩行祭にのぞんだ。三年間、誰にも言えなかった秘密を清算するために―。学校生活の思い出や卒業後の夢などを語らいつつ、親友たちと歩きながらも、貴子だけは、小さな賭けに胸を焦がしていた。本屋大賞を受賞した永遠の青春小説。



以前読んだ「Q&A」は、最後の最後に話が思わぬ方向に暴走していってしまい、読者である僕は取り残されてしまいました。「二度と読むか!」と思っていた恩田陸作品なのですが、やはりひとつの作品だけで判断するのはもったいないと思い、もう1冊読んでみることにしました。(「Q&A」にしてもあいまいな結末以外の部分はかなり楽しく読めたわけだし)

選んだのは、「夜のピクニック」。
「Q&A」の記事にコメントをしてくださったたけ14さんのおすすめ作品だったのと、ネットで調べてみてもかなり評判が良いみたいなので。


本作はジャンルとしては青春小説なのですが、相変わらず文章は親しみすくスイスイ読み進めることができます。また、この作品では、融と貴子、二人の異母兄弟の視点を交互に変えながら展開されていくわけですが、視点の切り替えも自然で、話の流れとうまくマッチしているように感じました。

それ本当に必要?という余計に感じる部分がやはり僕には時々あって、うっとおしくなることもあったのですが、話が佳境に差し掛かるころには、そういった部分はなくなってきて、一気に読むことができました。
融と貴子が会話をする場面で、二人の視点が入れ交じっているのも良かったし、また話の閉じ方が、スマートで、読後感を良くしてくれました。
登場人物の小説の中の役割が、よく考えられていて無駄がない点に関心。
「人と人との繋がり」について何かを訴えたい作品なのかなぁという印象を持ちました。

全体的には、ワクワク感があって、かなり面白かったのですが、細かいところではケチをつけたい点がふたつほど。

まずは、作品のリアリティに関して。
夜通し歩くという行事や、クラスに異母兄弟がいるという設定はそれ自体が特別なものだし、そこにケチをつけるつもりは全くないけれど、自分が高校生だったときと、この小説に出てくる高校生たちを比べると、彼らは少し大人っぽすぎる気がします。落ち着いていて大人っぽい高校生もたまにはいるかもしれないけど・・・。

まあ、僕は中堅校の出なので、ここで描かれている人達のような優秀な高校生ばかりいる進学校とは環境が違うのかもしれないですけどね。登場するほとんどの人物が、どこか人間が完成されすぎている感があって、そこに少しばかり矛盾を感じてしまいました。

あと、違和感があったのは、「夜のピクニック」という題なのに、物語における夜はそれほど重要な時間として描かれてはいないという点。というか正確には、朝から次の日の朝まで歩くので、夜以外の時間のほうが長いということ。

特別な行事の「夜」といえば、例えば移動教室の肝試しとか、が思い浮かぶのですが、それはもう一生の思い出になるほどワクワクしたりするじゃないですか。この話は全体にそんなワクワク感は漂っているのですが、何かが起こったとして、それが実はもう朝の出来事だったりする。するとなんだか自分と小説との間にズレを感じてしまうんですよね。
「そんなのお前だけじゃ」と言われてしまえば、それまでなんですけど・・・。
告白すると、読み始めてからしばらく、話の中ではまだ日が落ちていないのに、夜の闇の中を彼女たちは歩いているのだと勘違いしていました(ノ∀`)テヘ

不器用なふたりが、親しい人に助けられ、また、予期せぬ人にも結果的に支えられ、ひとつのドラマが生み出されるというのは、普段の人間関係にも言えることかもしれませんね。
言い換えれば、とても幸福な人間関係があるからこそ、この小説の話の展開は成立しえたのでしょう。この小説は「幸せな人々」のことを描いた幸福感のある作品であるというのが、読み終えてみて一番の実感です。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

飯守&関西フィル/ショスタコーヴィチ:交響曲第5番

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・ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調
・大澤壽人:小交響曲 ニ長調

指揮:飯守泰次郎
管弦楽:関西フィルハーモニー管弦楽団

録音:2007/2/21(すみだトリフォニーホール)  
    2006/11/30(ザ・シンフォニーホール)




発売から1ヶ月ほど経ってしまいましたが、ようやく手に入れて、聴きました。
実は今年3月の飯守&関西フィルのすみだトリフォニー公演の際に先行発売されていたんですけどね。
家に帰ってきてチラシを見てはじめて会場で先行発売されていたことを知ったのですよ・・・

このアルバムに収められているショスタコーヴィチの5番の演奏は、僕にとって、クラシックオーケストラの生演奏の魅力を知るきっかけとなった公演の演奏です。
なんだか、久しぶりにどきどきしながらCDを聴きました。
かつて味わった、好きなミュージシャンの新曲を初めて聴くときのどきどきに似ている。


スタートからゆっくりとしたテンポで音楽が展開されていきます。
飯守さんが冒頭から何やら指示を与えているのを聴いていると、あの日、3階バルコニーから見えていた指揮姿がよみがえってきました。
かなり熱が篭っていて足踏みもうなり声も凄かったんだよなぁ、たしか。

懇切丁寧に音をなぞるような演奏は、それが悲痛な表現として抜群に効いていて、きっとショスタコーヴィチはこういう演奏を望んでいたに違いないと、そう思わざるを得ないような説得力を持っています。
理屈じゃなく、僕は第1楽章を聴いた時点で、涙があふれ出そうになりました。何かを押し殺しているような作曲家の苦痛な顔が浮かんでくるようで、当日も聴いていて切ない気持ちになったことをCDを聴いて鮮明に思い出しました。
関西フィルの弦が泣いているんですよ〜(T_T)


ショスタコーヴィチの5番という曲は、人によって解釈がわかれる作品ですよね。
飯守さんと関西フィルは完璧なまでにこの作品を感情的なものとして描いています。余計な感情を省いて単純にひとつの交響曲として描く演奏と、どちらが好みかは人それぞれなのでしょうが、捉え方というか、曲に対するスタンスは明確に現れているので、そこは聴き手にとってもうれしい点です。
多少の音の乱れも、曲の仕上げ方として向性が定まっているので、その辺も許容範囲ということになるかと思います。


当日会場で聴いたときにも感じたことですが、実にメリハリの利いている演奏です。静と動の感情の揺れ動きが、とてもわかりやすく、そして効果的に描き分けられています。どちらの面がが良いということではなく、両方の面において実に素晴らしい演奏をしています。
これはショスタコーヴィチという作曲家が持つ二義性をうまく表現しているとも言えるかもしれない。
熱演というのは、まさにこういう演奏を指すのだろうなと思うような仕上がり。


録音に関しては、会場で聴いたときには、ティンパニが目一杯力強い音を響かせていて、ほとんど力任せでやりすぎ感もありましたが、CDにおいてもか〜なり迫力のある音が収録されています。
ちなみにライナーノーツによると飯守さんは「もっと大きくてもいいくらい」と言っていたそうな。
自分が座っていた位置がかなりステージに近い席だったからかなぁ?
フィナーレなんてティンパニの爆音しか聴こえなくて、何をやっているのかわからなかったのですが・・・。

あとは、飯守さんのうなり声(&足踏み)もかなりいい状態で収録されて(しまって?)います(笑)
実はこの演奏というのは僕にとって飯守泰次郎の指揮にはじめて接した公演でもあるので、ずいぶん唸る人だなぁというのは、感じていたのですが、演奏会という場においてはほとんど気にならないものの、やはりCDで聴くとなると、そういうある種の雑音っていうのはどうしても気になってしまうものですね。もうはじまりから唸り声全開なので(^ω^;)


僕にとって特別な公演の特別な演奏なので、バイアスがかかってしまっているかとは思いますが、実際の演奏を聴きに行っていない方が聴いてもきっと魅力がわかっていただけるに違いない。
このショスタコーヴィチの5番を聴いたあと僕は心の底が震えるような感動を味わい、聴衆の反応もあって、やたらと胸が高鳴っていて、しばらく興奮がおさまりませんでした。
その演奏がこうして一枚のCDとなって発売されました。
本当に感慨深い一枚となりそうです。


飯守泰次郎 公式HP(Discography)
http://taijiroiimori.com/04disc/discf.html

p.s. カップリングの日本人作曲家の曲は、今までに聴いたことのないような種類の曲で面白かったです。日本的というよりはアジアンテイストという感じかな。

テーマ:本日のCD・レコード - ジャンル:音楽

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