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優雅な休日を演出する、リムスキー=コルサコフ:『シェエラザード』

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リムスキー=コルサコフ:
・交響組曲『シェエラザード』 op.35
・スペイン奇想曲 op.34

 モントリオール交響楽団
 指揮:シャルル・デュトワ

 録音:1983年5,9月[デジタル]



最近全く演奏会に行ってない。
本当は行きたい公演はいろいろあったのです。
(東響&大友さんの「ローマの松」とかずっと前から目をつけていたのに!)

なのに、2週間ぐらい前から左耳がつまった感じになってしまって、更には風邪でせきと鼻にもきてしまい、とても演奏会にいける状況ではありませんでした。
耳のほうは、中耳炎のなりかけとのことでしたが、聴覚に支障が出るということが自分にとってこんなに辛いことだとは・・・


ということで今はもっぱら自宅でCDを聴いています。
今日聴いていたのはリムスキー=コルサコフのシェヘラザード。
初めてこの曲に出会ったのは、たしか、小澤征爾のベストアルバムに入っていたんだったかな。
シェヘラザードの2楽章だけが抜き出しで収録されていました。

一旦クラシックが好きになったら、
「ばらばらの曲の一楽章だけ抜き出して入っている、寄せ集めのCDなんて!」
と思ってしまいがちですが、そのときの僕は初心者だったので、結構ありがたかったです。
やっぱり新たなジャンルに興味が出たときにはそのジャンルのいろいろな曲が聴けるオムニバスとかを借りるのが一番ではないでしょうか。


話をもとにもどして、リムスキー=コルサコフのシェヘラザード。
なんでかわからないけれど、僕は休日の昼下がりになるとよく、この曲が聴きたくなります。なんでだろう・・・?

シャルル・デュトワ&モントリオール交響楽団のこの演奏は、臨界点を超えることなく節度の保たれた音の響きが美しく、録音のほうもほどよくライブな感じで臨場感があってイイ!
楽曲のもつドラマ性を過不足なくロマンチックに表現していて、音の合わさり方やバランスもとても心地よいし、バレエ曲という性質もよく現れているような気がします。
これさえ持っていれば、シェヘラザードのCDは事足ります!
(本当は他のCD買うお金がないだけなの・・・)

HMVのページ(試聴できます)↓
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1426642

カップリングに入っている「スペイン奇想曲」の方はシェヘラザード以上に動きが活発な曲で、これもまた、いと楽し。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

阿刀田高 「短編小説を読もう」

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(岩波ジュニア新書524)

出版社:岩波書店
ISBN:4-00-500524-1
発行:2005/12

とにかくおもしろい芥川龍之介、こんな文章を書けたらすごい志賀直哉、目を見張る設定の中島敦。子どものとき落語全集と銭形平次捕物控で短編のとりこになった著者は、好きな小説を読みあさっていく。自らの体験を通じ、また短編の作り手の視点から、ぜひ触れてほしい作品をすすめる。




短編小説の特徴は簡潔に言えば、短いこと。短いからこそ多様で多彩な話を楽しむことができる。そしてたとえ自分がその話を気に入らなくても少しの間おじゃまをするだけ、それはそれで、こんな世界もあるのかということを知ることができる。そこが短編小説のいいところだと阿刀田さんは本書の中で言っています。

そして、本人がこれまで楽しんで読んできた短編小説の数々をジャンル別、作家別に沢山紹介しています。彼の作品にはユーモアが漂っていますが、小さい頃に落語の噺が書かれた本を好きで読んでいたとのことで、それがきっと今の作風にも繋がっているのかもしれませんね。

ちなみに紹介されている作家はざっとこんな感じです。

芥川龍之介、太宰治、中島敦、アーネスト・ヘミングウェイ、井伏鱒二、山本周五郎、アラン・ポー、志賀直哉、江戸川乱歩、森鴎外、谷崎潤一郎、川端康成、など



それ読みたい!という短編が読んでいて沢山ありました。
本当に好きなことについて話している人の言葉なのでに余計に作品に引き込まれていってしまうんですよね。僕が読みたい!と思ったものを自分用のメモとして記しておきたいと思います。

半村良「箪笥」、中島敦「古譚(こたん)」(短編小説集)、大江健三郎「飼育」、松本清張「菊枕」、アーサー・コナン・ドイル「シャーロック・ホームズの冒険」〜「思い出」〜「帰還」、ギ・ド・モーパッサン(阿刀田さん曰く“短編の王者”)、夏目漱石「夢十夜」(“こんな夢を見た”ではじまる10編の短い夢の話)



一番興味をひかれたのは中勘助の「銀の匙(さじ)」という作品。

「恋」について書かれた長編小説(短編連作集ともとれる作品)なのですが、美しい日本文で語られる小説で、阿刀田さんが自分の文章を推敲するときに「どうもごろがよくない」と思ったときにはこの本を取り出して精読して、自分の書いた文章を書き直すのだそうです。
実際の文章が引用されていましたが、落ち着いた文体がセンチメンタルな雰囲気をうまく引き立たせています。こういうノスタルジーな話って好きなんですよねぇ。


また、1章を割いてショートショートについても書かれていて、つい先日初めて星新一のショートショートに触れた僕としては、あまりよく読み方がわかっていないので、参考になりました。もちろんその章の中では星新一の作品を引用してその魅力と作家の偉大さを述べています。
星新一の作品を読むときに大事なのは作品に込められたメッセージ性を読み取ることなのかなぁ。


阿刀田さんは最後に、「読書ほど金がかからずに楽しめるものはない。」と書いています。
そう、たしかにそのとおり。文庫本であれば数百円で買えて、自分に合うものを選んで読めば、読書というのはかなりコストパフォーマンスの高い楽しみなんですよね。

特に、僕なんかは本を読むのが遅いので、それだけ余分に長い時間楽しめる。
読める作品の数が少なくなってしまうとも考えられるけれど・・・

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

佐野元春の個人レーベル、YouTubeに公式チャンネル

「佐野元春の個人レーベル、YouTubeに公式チャンネル」

ミュージシャンの佐野元春さんのレーベル「DaisyMusic」は、「YouTube」に公式チャンネル「DaisyMusic on YouTube」を4月25日に開設する。佐野さんの楽曲のプロモーション映像などを配信する。
佐野さんの公式サイト「Moto's Web Server」で公開した映像を中心に配信。CDアルバム「The Sun」や「COYOTE」のプロモーション映像や制作風景、佐野さんのインタビューなどをそろえる。
                            (ITmedia News)



僕のブログってyoutubeの動画が貼ってあるページが結構あるんですが、最近、「これってやっていていいのかな?(違法じゃないのかな?)」と心配になって、ネットを使って調べてみたんです。

すると、「自分が挙げた動画をブログに貼るならOKだけど他人のはダメ」、「違法な動画をブログにそのまま組み込むのは著作権にひっかかるけど、リンク貼るだけなら大丈夫」、「アップロードするのは違法だけどダウンロードするのは合法だから大丈夫」、だとかでいろんな意見があって、結局、どれが正しいのかよくわかりませんでした。

音楽のことをブログに書こうとする場合には、「これが自分のおすすめの曲なんだけど、どう? 良い曲でしょ?」という気持ちで、つまりは「読んでいただく方に実際の音を聴いてみて欲しい」という、想いからどうしてもyoutubeの動画を貼りたくなります。

それがきっかけで「このミュージシャンいいなぁ、今度CD買ってみよう」と思ってもらってそのミュージシャンが好きになってもらえたら、こんなに嬉しいことはないわけで。

僕は以前ネットで、まだ聴いたことのないミュージシャンで、自分が好きそうな曲を探していたときに、自分自身がそんな経験をしたので、自分としても「こんな音楽もありますよ」というのを発信したいのです。

大体、試聴しなくては自分の好みにあうかどうかわかりませんからね。ホームページですら試聴できないアーティストもたまにいたりするし。そうしたら、やはりyoutubeあたりで楽に曲を聴きたくなるのですよ。CDのオンラインショップのページには試聴ツールが付いていたりもするけど、新しくアプリケーションをダウンロードしなくてはいけなかったりして面倒だし。

アメリカのレーベルなんかはyoutubeに公式の動画をアップしていたりするようですが、ようやく日本でも佐野さんが始めました。(似たようなことをしていたアーティストはいたような気がしますが)

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DaisyMusic on YouTube

見たところ、宣伝用のちょっとした短い動画が多いみたいですが、それでも、こういうことをやるレーベルが増えてくれば、ブロガーとしても、そうした動画をブログに気軽に貼りやすい。

佐野さんは、以前にもアルバム宣伝用のミニプレイヤーをブログパーツとして配布したことがあるそうです。彼はたしか、日本で初めて公式サイトを立ち上げたミュージシャンでしたよね。日本人で最初にラップという手法を取り入れたのも彼でしたし、新しいことをいち早く取り入れる人ですね。

今回のエントリーはなにか、youtubeなど動画サイトの著作権の問題に関連してこの記事を取り上げたように見えるかもしれませんが、僕はそもそも佐野元春の音楽が好きなんです(『SOMDAY』はカラオケに行ったら必ず歌う僕の十八番)。そんな佐野さんの取り組みのひとつとしてご紹介させていただきました。

テーマ:YouTube動画 - ジャンル:音楽

星新一 「これからの出来事」

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新潮文庫(ほ-4-46)

ISBN:4-10-109846-8
発行:1993/11

悪夢だと思いたい、信じられないような出来事。特殊な能力をもった青年の巧妙なビジネス。絶体絶命の危機から目覚めさせてくれる救いの声。満開の桜の季節に出会った秘密好きの美しい女―。
想像もつかないことが現実となってしまう未来社会を、あなたものぞいてみませんか? 技術と文明がもたらす21世紀社会のゆがみを見通して、痛烈な風刺で描きだしたショートショート21編。




最近になって、中学・高校生以来、久しぶりに小説を読み始めた僕は、「ショートショートっていうのがある」ということはなんとなく知っていたものの、それがどんなものかは全く知りませんでした。
ならば、読んでみよう。ということで、たまたま名前を知っていた星新一のショートショートが収められた本を適当に選んで買って、読んでみました。

ショートショートと「ショート」が2回もあるだけあって本当に短い。(そういう意味で良いんですよね・・・)
ひとつの話が大体5ページぐらいしかないんですね。
「これは、通学途中の電車の中や、大学の空き時間に読むのに丁度いい」ということで、手元に置いておいて暇なときにちょっとずつ読みました。


最近、阿刀田高の短編を読むのが好きで、星新一のこの本と併読していたので、どうしてもこちらの本を読むときにも「どんなオチであっといわせてくれるんだろう!?」という期待をもって読んだのですが、そういうものじゃないんですね、ショートショートって。

あんまり「どうなる、どうなる」と推測しながら読むよりも本当に肩肘を張らずに、気楽に、読むような姿勢のほうが良いということに途中で気づいたのですが、それに気づいたのはもうほとんどの作品を読んでからでした・・・。
今NHKで星新一のショートショート作品を映像化したものを深夜とかでちょこっとずつ放送しているんですよね。10分くらいのミニ番組なのですが、それを偶然見たときに、「ああ、そうか、こんな風でいいのか」と気づきました。


星新一自身は「自分の作品が映像化されることはあまり望ましいことではない」というようなことを生前言っていたらしいですが、NHKで放送しているのは僕的にはかなり良いです。
むしろあれを見てこの人の作品の本質がすこしわかった気がしました。いっちょまえなことを言ってしまいましたが、作品の持つ独特の雰囲気というのがよく現れていると思うんですよね。


まるで感情の起伏というものを感じさせない星新一の文体はとても平易で、読みやすいのですが、なにぶん彼の作品への接し方が最初はあまりわからなかったので、どうしてもいまひとつ話の世界に入っていけないもどかしさがあったのですが、だとしても、楽しめる作品はいくつかありました。


たとえば、『安全な生活』というショートショート。

「言葉には出さないけれど、自分の頭の中で考えていること」
これは誰しもが抱えているものですが、実はその中身ってものすごくめちゃくちゃですよね。
もうなんでもかんでもありすぎて言葉にするのすら難しい。もしくは言葉にしたとしても意味すら通らないなんてこともありそうです。意識している部分でもそんな風なのだから、無意識の部分ともなるともっと奇妙だったり、面白かったりするのでしょう。

星新一の作品を読んでいて、この作家はそうした人間の隠れている、意識下にある、ぼやけた物事を作品として表現しているのかな? となんとなく感じたのですが、
この作品はまさにそんな印象を受けました。

危険(事件)を避けて安全を求め続けていた男が、あるとき、外に出ようとすると、あまりに男に避けられたので事件のほうも男に寄り付かなくなってしまった。

というこんな話です。
こんなの実際あるかも・・・・それに気づかないだけで。


一番印象に残ったのは『木の下での修行』という作品。
僕はこの本の中ではこれが一番好きかな。
世の中の原理や法則というのを感じさせてくれる作品です。他の作品も実はそういう意味が込められている話が多いのかもしれない。


最後のほうになってショートショート(星新一)の読み方が少しわかったので、もう1冊読んでみたいです。そういえば、阿刀田さんもショートショートを書いているけど、彼はどんな作品を書いているんだろうか。やっぱりユーモアのあるものが多いんでしょうか、これも読んでみるとしよう。

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阿刀田高 「遠い迷宮―阿刀田高傑作短編集」

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集英社文庫 (あ 13-8)

出版社:集英社
ISBN:978-4-08-746211-1
発行:2007/9

良家の若妻・真樹子は、そろそろ1歳の娘と朝の時間を優雅に過ごしていた。そこへ、出産の時に病院で世話をしてくれた初江が、突然訪ねてくる。表面は人のいいおばさん風だが、何か薄気味悪い感じのする女。彼女が帰った午後、刑事がやって来て…「来訪者」より。
人生、男女、心など、人間が生み出す数々の謎をモチーフに描く、鮮やかで洗練された珠玉のミステリー10編。




言葉の使いまわしが巧みで実にしなやかに話をすいすいと展開させていく作家だということを改めて感じました。実に感じの良い、言い方を変えれば気品のある文章の使い手なんですよね。
読んだ人にしかなんのことやらわからないとは思いますが、いくつかの話をかいつまんでレヴューしてみます。


『趣味を持つ女』

阿刀田高の巧みな小説を称して「阿刀田マジック」とどこかに書かれていたのを目にしたことがあるのですが、それこそこの作品はマジック、手品のような小説です。特徴的なことに読む人の視点を向けておいて実は視点の片隅に移りこんでいるところで何かが起こっているという。


『来訪者』

「これってなんか〜っぽいよな」と感じていたことが実はどんぴしゃで当たっていたのですが、それでも読む人を驚かせるっていうのはなんなんでしょう。
いや、むしろ「本当にそうなの!?」という驚き。
ようは、読んでいる人にそれと思わせるような書き方をして、雰囲気をほんのり漂わせているっていうことなんでしょう。やたらと主人公の心情描写が露骨でえげつないのも、ちゃんと計算して組み立てているということが最後まで読むとよくわかります。


『ナポレオン狂』

珍しく一人称の視点で書かれている作品で、最初は、なんだか教養を身につける新書のような感じを受けたのですが、ちゃんとしたストーリーのある小説です。
思わせぶりな話の閉じ方が読む人の心をくすぶらせます。
本当はどうなのか?どうなったのか? それがわからないからこそ、この作品の魅力が引き立つのでしょう。


『粘土の女』

読み終えてみて、「やっぱ女って怖いよな」という感想を抱きました。僕が勝手に思い込んでいることかもしれないけど、男性よりも女性のほうが表面的な性格と隠し持った一面の乖離が激しい気がするんですよね。それは、大抵の女性は表面的なやりとりがとても穏やかというか差し障りないことを言っているばかりなので余計に本性というのが引き立つんだと分析するのですが。
大学の女の子なんて傍目から見ても、本当に心がこもってないコミュニケーションをしてますからね。やたらと「かわいい」とか「すごい」とか互いに褒めあっていたりして。


『恋は思案の外』

信子の恋人のことで話にオチをつけるのかと思ったら、違いました。そしてそのオチというのも実に思いもつかないところからやってくる。偶然に偶然が重なったことではあるのですが、タイトルの「恋は思案の外」もそうですが、「よりによって馬鹿な相手を選んだものだ」という台詞が話の中でしっかり提示されているので、それが伏線としてしっかり機能しているんですね。
構成をじっくり練りこんでいるからこそこんな話がかけるのでしょうね。やられたぜ。


ただ、ちょっとばかし「これはどうなんだろう」と思う話もいくつかありました。
例えば以下の2つの小説。


『蜜の匂い』は、ある種の逆転劇が最後に待ち受けているのですが、それが成立するためにはそれ以前の話にちょっとした矛盾があるように感じてしまいました。お金の問題や、心情描写を前と後ろで見合わせて、しっかりがっちりと繋がっているかというと少しだけ納得のいかない部分も・・・

『姉妹抄』も終わらせ方(人の殺し方)が少し強引な気がしないでもない。薬局が薬を渡し間違えることはまああるかもしれないけれど、それが劇薬だったっていうのは、だとしたらなんでそんな危険なものが薬局に置いてあるのさ? というどうでもいい疑問が湧いてしまいました。
これは単に僕の知識がないせいかもしれませんが・・・


巻末には阿刀田さん本人による自作解説が載っていて、興味深く読みました。
文の始まりで阿刀田さんは

小説はすべてミステリーである、と、これは私の持論である。
(“すべて”は言い過ぎかもしれないけれど80パーセントを超えてそうだろう。)


と記しています。

初めになにかしら謎が呈示される。それが深まり、もつれて進展し、答が暗示され、明示され、大団円となる。これをミステリーの構造であるとし、短編小説というのはとりわけこの構造が見えやすいのだと書いています。

ただ、それは狭義でのミステリーというジャンルのことを指すのではなく、なにかしらの謎を示して、それを読者に楽しんでもらうことを小説を作る際のテーマにしているとのことです。
(その意味ではこの傑作集は狭義の意味でのミステリー短編集であるとも書かれています)


なるほどだからこそこの人の短編小説は読んでいて面白いのだと思いました。
それは「これはどういうことなのか」ということを推測する楽しみだったり、きっちりと何かしらのオチをつけてくれる作者への期待でもあるのですが、そういう作品を書き続けるというのもすごいことだよなと感心してしまいました。

この短編集を読んでいて、ミステリーこそこの作家の真骨頂なのかなと思ったのですが、それは実は阿刀田高の小説すべてに共通する作風で、狭義の意味でのミステリーに属するこの短編集に収められた話にはその魅力がより明確に表されているということなのですね。


「自作解説」なので、一作ずつ、どういう事がきっかけでその話を思いついたのかを紹介しているのですが、小説家ってこんな視点で日常を見ているのかと思うと、なんとも楽しそうというか、でも大変だなぁとも感じます。

逆に読者の僕はただ優雅に作品を楽しませてもらうだけのなので幸せ( ´∀`)



P.S.
阿刀田さんの著書に短編小説に関して書かれた新書が何冊があるというのを最近知りました。これは読まないわけにはいかない。まだ手に入れてませんが、読み終わったら紹介します。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

私の音楽遍歴10 〜終〜



僕のアイデンティティのひとつとして音楽というのは欠かせないものです。
このブログでは自分の好きな音楽を紹介したり、CDの感想を書いたりしたいと思っています。

ただ、当然のように一言に「音楽ファン」と言っても人それぞれに好きな音楽(苦手な音楽も)があります。ということで、ここまで9回に分けて、自己紹介がてら、僕のこれまで聴いてきた音楽ジャンルやミュージシャンをかいつまんで紹介させて頂きました。
ハードロック、J−POP、AOR、ソウルミュージック、クラシックなどなど・・・

ひとつのページでも見てもらえればわかってしまうと思いますが、僕はあまり音楽的な知識というのを持っていません。楽器の経験もギターをやっていたことはありましたが、楽譜の知識もないです。
更に不運なことに何かを表現するための語彙というのもそれはそれは貧相なものです。
音楽とは離れますが最近、小説を多く読むようになったのも、自分の表現の方法が少しでも豊かにそして増えていけばいいなぁという願いが、少しはあったりします。

なので音楽を評論するレベルまでははるかに及びません。好き勝手に感想を述べる程度しかできませんが、これからは、お気に入りのCDや、新しく手に入れたCDなどを聴いてみての感想を、貧相なボキャブラリーを精一杯使いながらあれこれ書いてみたいと思います。


音楽ジャンルの中でもとりわけ「クラシック」というものはレヴューをする場合でも「叙情性」だとか「精神性」、「咆哮」、「耽美」、「清澄」、など普段あまりお目にかからない言葉が使われていたりしますし、

また、作品そのものを聴く場合でもあらかじめ必要な知識などがあります。これこそがクラシック音が「わからない」、「むずかしそう」といわれてしまう理由だと思います。クラシックを聴くようなって1年ほどの初心者である僕もはじめのうちは「わからない」ことがたくさんあったので、


「わかるか、わからないか」じゃない、「感じるか、感じないか」だ!
(by藤岡幸夫)


という気持ちで、クラシック音楽に接してきました。
決して知識が無くても十分にクラシック音楽を楽しめるのです。
けれど、いろいろ聴いていくうちに「知りたい」ということが出てくることもあって、少しずつ本を読んだりして知識をつけていくと、より一層面白く、世界が深まっていくのも事実でした。
僕はいまだに初心者であることには変わりありません、でも一番大事なことは、


誰がなんと言おうと、自分が好きなものは好き(嫌いなものは嫌い)


これに尽きると思います。
これは音楽に限らず、小説、映画、様々なものに対する僕のスタンスです。
なのでこのブログでもそれを自分に言い聞かせて好き勝手に書いていきたいと思います。

よろしくおねがいします。


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(↑僕のCDラックです。クラシックファンにしては少ないんでしょうね)

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

私の音楽遍歴9 〜クラシックを聴くようになったきっかけ〜


前回に続いて今回もクラシック音楽との出会いについて書きたいと思います。


ブラームスの交響曲第2番を耳にしてクラシック音楽に対しての苦手意識が払拭されたものの、しばらくは他の作曲家の作品を聴くことなく月日は流れ・・・

それから何年か経って、急にベートーヴェンに対して興味が湧きましてamazonでCDを買ってきくことにしたのです。そう、あれはベートーヴェンの交響曲第7番、「ベト7」のニックネームでお馴染みのあの曲のCDでした。

「さては、のだめカンタービレを見てクラシックを聴くようになったクチだな」
と、思われそうですが、僕がベト7にハマったのは、とあるラジオ番組の影響でした。
文化放送の今はなき名物番組、「吉田照美のやる気まんまん」にゲストで出ていたヴァイオリニストの高嶋ちさ子お姉さまが名曲を紹介しながらクラシック音楽の魅力を伝えるという内容の放送だったのですが、僕はそのときに初めて「ベト7」を耳にして、一気にはまってしまったのでした。


とりあえず、「ベト7」のCDが欲しくてamazonで検索してみたら当然いくつも商品がヒット。
それまでクラシックのCDを一枚も買ったことのない僕はまず値段の安さに驚きました。
安いのだと1000円くらいで買えてしまう!

どれがいいのか悩んだ末に「フリッチャイ&ベルリンフィル」と「カラヤン&ベルリンフィル」のCDを買うことにしました。2枚買ったのはどちらも1枚1000円位と値段が安かったことと、「どちらが良い演奏なのかな」という疑問から。

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ふたつのCDを聴いてみると、それは驚きの経験でございました。


全然ちがうではないか!!


同じベートーヴェンの7番でありながらそれは素人の僕にもハッキリと違いがわかるほどに違う。
ましてやフリッチャイもカラヤンもオーケストラは同じベルリンフィル、録音された時期も2年ほどしか違わないのです。
「指揮者によって演奏が違う」
というのはなんとなく知っていたけれど、これほど違うのかという程の違いでした。


端的に言えば、フリッチャイの7番は重く、カラヤンの7番は軽い。
そして何より印象的なのは、テンポがフリッチャイの場合は極端に遅いのです。カップリングに入っていたベートーヴェンの5番交響曲も同じようにテンポが遅く、音も重厚でまるで何かが、ズン、ズン、と押し迫ってくるような「運命」交響曲になっています。

youtubeで探したら7番は無かったのですがフリッチャイ、カラヤン共に「英雄」交響曲の動画があったので貼っておきます。試しに比較して聴いてみて下さい↓


Fricsay conducts Beethoven Eroica



Karajan - Beethoven Symphony No. 3



うんうん。やっぱり、カラヤンの方がテンポがはやい。
(曲が進むにつれてテンポの差がよりはっきりとわかりますね)


初めて買った2枚のクラシックCD、フリッチャイとカラヤンには求める音楽に明確な違いがあることがわかり、それは僕のクラシック音楽に対する大いなる興味に発展していきました。

それからしばらくはベートーヴェンの交響曲をいろいろと聴いたり、マーラーの「復活」にはまったりして、昨年のはじめから演奏会に行くようになり、そのうちに、ベートーヴェンからショスタコーヴィチ、ラフマニノフ、ラヴェル、シベリウス、ハイドン、・・・・といった風に、聴く音楽の幅が少しずつ広がっていきました。

そして、今に至る。

と、こういうわけです。

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私の音楽遍歴8 〜はじめて好きになったクラシックの曲〜



今回はクラシック音楽との出会いについて。


なんとなく、クラシック音楽が好きな人というのは、子どもの頃から身近にそういったものが流れていてクラシック音楽に親しみがあったという人が多いのかなと僕などは思うのですが。

それ以外の多くの人が、クラシック音楽に対してある種の親しみにくさを感じていているのも事実だろうと思います。僕も幼い頃からクラシック音楽に慣れ親しんでいたわけではなく、自分から進んでクラシックを聴くということはしてこなかったし、多くの人と同じようにクラシック音楽のことを「分かりにくそう」だとか、あるいは「古くてつまらない」といったイメージを持っていました。


ただ、以前というか、これまで何度も紹介したバンド、DEENの曲の中にはストリング(弦)の生演奏がサポートで加わった曲があったので、それを聴いて、「ヴァイオリンの音っていいなぁ」と漠然と思っていたし。

また、これも以前に紹介した映画音楽の巨匠、エンニオ・モリコーネはコンサートではオーケストラを使って映画の音楽を演奏しますから、彼が来日したときのオーケストラの生の音を聴いて、「オーケストラの奏でる音楽って素晴らしい」と感動したこともあったりして、そういう興味がクラシック音楽を聴くことに繋がっていったのかなと、のちのち思ったり思わなかったり・・・


もともと、僕はまだ聴いたことのない音楽を聴いて自分の中に新しい感覚なり、イメージが湧いてくるのが好きだったので、クラシック音楽に対しても、「このジャンルの音楽が聴けたら面白いだろうなぁ」というのはなんとなく思っていたんだと思います。

なのでときどき、テレビから流れてくるクラシック音楽に耳を傾けていたのですが、やっぱりどうも聴いていて楽しくないし、わかりにくいのです。
旋律がうねうねしてそれが予期せぬ方向に行ってしまうのがなんとも心地悪い。(何を聴いてそう思ったのかは今となってはわからないのですが)


そんなある日、テレビを見ているときに(恐らく『N響アワー』)、たまたま耳にした曲が僕の中にあったクラシック音楽に対する壁を取り払ってくれたのです。


その曲とは・・・


そう、かの有名な・・・



いや、さしてそこまで有名ではないな・・・



なんだと思われますか?


もし、当てることができたら・・・



スゴイ!!(それだけかい)



さて、その曲とは・・・


この曲です↓


Kleiber, Wiener Phil. (1st mov.)



ブラームスの交響曲第2番なのです。
(意外でしょ?)

ぶっちゃけてしまうと、今となってはあまり好きではないこの曲なのですが、そのときの僕(当時推定17歳)には、牧歌的で朗らかなこの交響曲がとても聴きやすく感じられた模様で、「う〜ん、クラシックもありかな。」とクラシック音楽に対する苦手意識を払拭してくれた、僕にとっては大切な曲なのです。

「よし!この曲のCDを借りてこよう」
と思ってテレビ画面に映し出された作曲家と曲名をメモしてレンタルショップに行ってCDを借りました。
「ブラームス 交響曲第2番 ニ長調 作品73」と丁寧に作品番号まで書き取ったのを覚えています。

今聴いてみても確かに生き生きとして親しみやすい旋律が多い気がしますね。それに、結構わかりやすいというか、初心者にも曲のイメージがつかみやすいっていうのはあるかもしれない。

この交響曲を耳にしたことによって僕のクラシックに対する壁は取り払われたわけですが、それからしばらくはブラームスの2番交響曲を聴いていたものの、他の曲や作曲家へと触手が伸びるのはそれからまたしばらく経ってからのことでした。

これ以降の話はまた回を改めて書きたいと思います。


→→「私の音楽遍歴 9」へ続く

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

SAW4

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残虐な死のゲームに翻弄される人々の恐怖を、練った展開で描いて世界的大ヒットを記録したサスペンス・スリラー『ソウ』シリーズ第4弾。ゲームの仕掛け人であるジグソウと弟子のアマンダが死に、今作では新たに死のゲームを始めた謎の人物に迫る。

ホフマン刑事はジグソウ最後のゲーム現場でパズルを解こうと必死になっていた。そのころ、ジグソウにかかわり唯一生き残ったSWATのリッグ指揮官が、新たなゲームに強制参加させられ、90分以内にわなをクリアしなければ旧友の命はないと告げられる。
                                         (シネマトゥデイ)



SAWシリーズの第4弾、DVDで借りて見ました。

一応、これまでシリーズ全作見ています。全部DVDでだけど・・・。
だって映画館で見てて、ビックリさせるシーンで体がビクッと反応するのを他の人に見られるのが嫌なんですもの。(そういえば、最近映画館に行ってないなぁ・・・)


さて、今回の作品なんですが、感想としては、なんかマンネリぎみだなぁという感じ。

このシリーズはどれも見ていて痛々しいシーンが出てくる場面が多いのですが、なんだかそれが回を追うごとに派手というか目立つようになってきた気がする。
4作目に至っては、もはや、スプラッター映画にエッセンスとして謎ときがあるだけのような感じを受けるんですよね。


その謎解きというのも、これまでSAWシリーズを見てきた人には恐らくこの映画に流れるジグゾウの思考回路やストーリーの展開というのがある程度刷り込まれているので、ある程度、「こうなるんだろうなぁ」という予想が立ってしまう。


冒頭のシーン、刑事がジグゾウの吹き込んだテープを聞くのを見ていると、「きっとこの人は最後まで生き残るんだろうな」と思ったし、他の登場人物の行動もこれまでのシリーズからして「こいつはこう動くに違いない」というのがなんとなく頭にありました。それがその通りに進んでいくので、なんだか物足りない。

結末に関しても、結局は時系列のトリックだったわけですが、すでにこれは2か3でもやっていたことだし、特別な驚きはありませんでした。


それを補うためなのかわからないけれど、残虐なシーンの視覚的な印象が強かったのも、僕にとっては残念でした。いままでのシリーズにもそういうシーンは多々あったけど、それ以上に考え込まれた展開や謎解きの要素が面白かった。
僕にとっては残酷なシーンはあくまで我慢して見るものなので辛いのです。
冒頭、生々しいジグゾウの解剖シーンなんて今から思えば別になくてもいいじゃないか!(`´)プンプン


あと、サブリミナル効果を狙ったような画面の瞬間的な切り替えがありましたが、あれなんか意味あるんでしょうか。FBIの人が自分のあごに拳銃を押し当てて絶叫してたんですけど・・・。意味のないことならやめてくれ、気になっちゃうから。


実はSAW(一作目)というのは、僕にとって、それまでの映画の見方を変えてくれた非常に大切な作品なのですが、こうして4作目まで見てみると、ストーリーの構成、謎の仕掛けはあったとしても、それを今では残酷さが上回っていて、あまり魅力を感じられないというのが僕の感想です。
結局1作目が1番良かった。

シリーズのファンにとってはジグソウの過去について明かされる今作は興味深く見ることができたのかもしれないけれど、僕にとってはジグソウという人物にシンパシーを感じられないし、(レクター博士のような)深い精神的な魅力というのもあまりないと思うのです。

こういっちゃなんだけど、僕にはそもそもジグソウのことを間違った方向に行っちゃった人としか捉えられないので、その人物の過去とかも「別に・・・」っていう感じなんですよね。


もうこのシリーズ終わりにしたらどうかしら?

とはいいつつ、次回作ができたら見ちゃうんでしょうね。
(終わり方からしてこれからもまだ話が続いていきそうな感じだったし・・・)




そうそう(ソウだけに)、映画本編とは関係ないけど、エンディングテーマのX‐JAPANの曲、カッコよかったですね。

テーマ:DVDで見た映画 - ジャンル:映画

恩田陸 「Q&A」

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幻冬舎文庫(お 7‐8)

出版社:幻冬舎
ISBN:978-4-344-40936-1
発行:2007/04


これからあなたに幾つかの質問をします。
ここで話したことが外に出ることはありません――。

2002年2月11日(祝)午後2時過ぎ、都内郊外の大型商業施設において重大死傷事故発生。死者69名、負傷者116名。未だ事故原因を特定できず――。
次々に招喚される大量の被害者、目撃者。しかし食い違う証言。店内のビデオに写っていたものは?立ちこめた謎の臭いは? ぬいぐるみを引きながら歩いてた少女の姿は? はたして、これは事件なのか、それとも単なる事故か?
謎が謎を呼ぶ恩田陸ワールドの真骨頂!




あるのは、Q&A形式のセリフのみ(途中から普通の会話になってますが)なので本来は地の文で書くであろうこともセリフの中で説明をします。

読み始める前は、ちょっと読みにくいのかな。と予想していたのですが、案外スイスイと読み進めることができました。ただ、もうちょっとテンポよくトントン話を進めてほしいんですよね。
読んでいて、これって本当にこの小説の話に必要なことなのかなっていうのを感じる部分が多かった。「いいからその話」っていうのがところどころ出てくる。随分おしゃべりが好きな人たちだと思いながら読み進めていきましたが。


この作家は自分が主張したいことを小説中によく登場させるんですね。
言っていること自体はよくわかるのですよ。メディアというものにかなり言いたいことがあるんだろうなぁとか。調査者とその知り合いの脚本家の「事実は嘘をつく」、「人の目の数だけ事実がある」というやりとりも「うんうん」という感じだし。
「理由がないことくらい現代人にとって恐ろしいものはないんだ」というのもその通りだと共感します。
でも、小説の展開としてそれはどうなのか・・・

ここに挙げたもの以外にもごまんと作家の主張みたいなのが作中にでてきてます。ちょっと、それが多すぎて僕には邪魔に感じました。


ただ、僕としては、余計に感じられる部分があってもきちんと最終的には、もしくはある時点ではちゃんと意味のあるものになるんだろうなと信じて読んでいきました。
それにそれぞれの会話が少しずつ繋がっている気にさせるので、こちらの興味は続いていきます。そういう進め方の部分は本当にうまいんですよね。

また、事件のエッセンスというのもいい。
奇妙な雰囲気を醸し出す夫婦の話とかは、とても興味をひかれました。
いろいろと考えさせられる、想像させられる事柄が散りばめられていて、読んでいて楽しいのです。


次第に、「あ、これやっぱり繋がってるんだな、これがあの人でこの人の友人が調査者で、ん、この女の人はたしか・・・」などなど頭の中で関係図を整理しているうちにだんだん頭がこんがらがってきて、まあ最後まで読めば、きっとスコーンと関係を明らかにしてくれるんだろうと思って読んだら・・・


え、何これ?これで終わりかい。というね。
正直、ガッカリでした。
「事件の真相」については別に不満はないんですが、ほったらかしになっていることがいろいろあった気がしてなんともモヤモヤ感がいっぱい。

最後のほうに行くに連れて読者である僕の目の前から綺麗に話がフェードアウトしていきました。まるでそれまで親しくしていた友人に突然そっぽを向かれたような気分・・・

いや、まてよ、末尾に解説が付いてたから、きっと解説の中できちんと説明されているんだろうと思って読んだら、やれオウム真理教がどうのスーパーマーケットという空間がどうのこうので、結局知りたかったことは知れずじまい。


これこんなに長い必要あったんでしょうか・・・いや、ないね(`・ω・´)キッパリ
余計な部分、つまり思わせぶりで読者を混乱させる部分を省いてもっとスッキリ話が展開されていけば、最後まで読んで多少がっかりしても、「ん〜なるほど、あそことあそこは関連そのものはあるけど別に大層な意味はないんだな。」とかって納得できるのですよ。
(ジェームス・キャメロンの映画「キャストアウェイ」なんかそんな感じであまりしっかりとした結末はない映画でしたが不満には思いませんでした。)


最後なんてめちゃくちゃカルト的な話しで締めくくられているし、なんかだかなぁ


ついでに言わせてもらうと、会話の中に
「TVドラマとか映画とかでこんな奴いないよ、こんな台詞言わないよとかって文句言うけど普通の人のほうがよっぽどTVドラマ臭い台詞言ってる」というようなことが書いてある箇所があるのですが。

最後まで読んでみると、なんかこういうことを文中に織り交ぜるのも言い訳がましいよなぁと思ってしまいます。言わせてもらえば、この小説だって、会ったばかりのやつとこんな話しね〜し、ぺらぺらとこんな長いことしゃべらね〜よ、っていう話ですよ。「渡る世間は鬼ばかり」じゃあるまいし。

小説には小説の表現方法・世界観というのがあって、読者はその中に入っているんだから、よほどの違和感やきちんと整っていない歪な台詞以外は文句なんて言わないです。

この小説だって全てが台詞だけで構成されているけど、僕はまったく違和感はありませんでしたよ。それを、「お前ら文句言うなよ」なんて言うからなんかむかっとくる。(ごめんなさいね、これ単なる僕の被害妄想かも。)


もともと、この本を読んでみようと思ったのは爆笑問題の太田がラジオで絶賛していたからなのですが(実は前に紹介した「対岸の彼女」もそうです)
この本を絶賛している人って、さぞ、頭脳明晰で「他人とは違う」選ばれた人なんだろうな。
僕みたいな読書量も多くなくて、理解力もあまりない幼稚な読者には納得のいかない後味の悪さだけが読後感として残りました。頭の悪い読者は読むなっていうことなのかな。(ごめんなさいね、これも被害妄想かもしれないですけど)


もちろん否定はしません。これが好きな人もいるんだろうから。
この小説の中にも似たようなことが書いてあったと思いますが、「こっちはよくて、あっちはダメだからあっちは一切排除する」なんていう考え方は僕も好きじゃありません。
なので嫌いな人が読まなきゃいいだけの話です。だから僕はもう読みません。
少なくとも僕が今よりもっとスラスラ本を読むことができるようになるまでは他の恩田陸作品に手を出すことはないかな。


こんなこと書くと、一冊で判断するなんて「現代はすぐに結果を求める」、「木を見て森を見ず」、「結末だけで判断するな」とか作者から言われてしまいそうですが。
とりあえず他の小説家で気になる作品からまず読んでみようと思います。


きちんとしてないまでもある程度まとまったオチを期待していただけに、読み終えてみると「なんでこんなに思わせぶりな小説書くんだろう」という感想でした。

それと、世の中に対して意思表示をしたいことがあるのなら小説とは別に評論の形式で書いたらいいのに。恩田陸が書きたい小説と僕が読みたい小説がかなり違うっていうことなんでしょうかね。


はぁ・・・おなかすいてすいてしょうがないのを我慢して200ページぐらいから最後までいっきに読んだのに・・・

テーマ:ミステリ - ジャンル:小説・文学

私の音楽遍歴7 〜AORという音楽〜

これまで、僕の音楽遍歴をざっと振り返ってみようと思って書いてきたのですが、大体の自分が接してきたジャンルというのは紹介してきたので、そろそろ終わりにしたいと思います。今回のAORと、あとは深遠でさまざまな魅力を内包する西洋の古典音楽、クラシック音楽との出会いについて書くつもりです。



さて、AORって何だか知ってますか?


なんなんでしょうね、ホント。私もわかりましぇん


AORという音楽が好きで一時期はそればかり聴いていたことがあるんですが、当時から今になっても、いまだにAORというジャンルはなんぞやというのがよくわかっていません。
CDショップに行ってもPOPとかJAZZとかのカテゴリーはあってもAORというカテゴリーは僕はほとんど目にしたことがありません。


ちなみに、ウィキペディアの「AOR」の項↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/AOR

うーん、やっぱりいまいちわからない。


音楽的な用語を使ってきちんと説明することができないので、AORという音楽における僕の定めたキーワードを適当に書き連ねてみます。

都会的、洗練された音、ドライブミュージック、夜景、海岸、大人の音楽、甘美、爽快、キラキラしたシンセサイザー

こんな感じかな。


はじめてAORと呼ばれる音楽を聴いたのは、というかそういうジャンルがあるのを知ったのはこれまた僕にとってことさら思い入れのあるバンド、DEENがきっかけでした。

多くの人にとっては露出が多くて、セールスもよかった98、99年あたりまでのDEENが記憶にあるようなのですが、彼らは2002年に発表したアルバム、「pray」から音楽の路線をそれまでのものから劇的と呼べるほどにチェンジしています。彼らが目指した音楽、それこそがAORでした。


DEEN-Birthdayeve-LIVE


はじめてこの曲を聴いたときは、それまでとはかなり違う感触にかなり戸惑いました。
それまでは誰が聴いてもかなりわかりやすく、適度に重厚なサウンドと曲の勢いがあって心地いい感じの音楽を作っていたのに、それとは違ってこの曲は何かちょっと手ごたえがなくて、でも言い方を変えると音が洗練されているようにも感じられる。


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DEENは「pray」〜「UTOPIA」〜「ROAD CRUISIN’」の3枚のアルバムでAORという音楽を追求していますが、「pray」にはどこかそれまでとこれからを繋ぐアルバムという意味合いを感じ取ることができて、曲も、洗練されているだけでなく温かみがあってなおかつ重厚感もあるのでそういう意味では誰でも聴きやすい曲が多く収録されています。特にDEEN得意のバラードの充実ぶりはすごいです。
 
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その後の2枚は正直、あまりに軽快な曲が多くて、僕にはこれはもはや自分の好きなDEENではないと感じました。なので、最初はあまり聴いていなかったのですが、それから何年かして洋楽のAORを聴いているうちにあまり好きではなかったDEENのアルバムの魅力がわかるようになりました。


今ではAOR時代に残した計3枚のアルバムは彼らの作った音楽の中でもっともアーティストの技量を感じる音楽であると僕は思っています。(なのでDEENが後にAOR路線をやめてしまったことはとても残念です。)



DEENの話ばかりでもなんですので、洋楽のAORのミュージシャンについても紹介したいと思います。AORにはまっていたときに、特に好きだったのは、(今でも大好きなのですが)Bobby Caldwell(ボビー・コールドウェル)です。


Bobby Caldwell, "Heart of Mine"


この曲が彼の曲で一番はじめに好きになった曲でした。おしゃれで、どことなくさっぱりしていながらも、しっかりと感情のこもったこのバラード、素晴らしい・・・
くぅ、胸が締め付けられるねぇ(>_<)

この曲に限らず、自分が生まれる前に作られた音楽が今の流行の音楽よりもずっと新しく聴こえたことはかなりショッキングでした。
生まれたときからバブル崩壊後の暗ーい世界で過ごしてきた僕の世代とは違ってバブル時代を謳歌していた人にとっては、単にバブリーな音楽という風にとられていることもあるのかな。だとしたらもったいない話で。


一番最初に話した、AORというジャンルについてなんですが、AORっていうのは人それぞれに幅のあるジャンルなんでしょうね、きっと。まあそういうことにしておこう。

他にもいっぱいいっぱい好きなAORの曲があるので、ちょっとずつでも紹介していきたいと思います。

テーマ:お気に入り&好きな音楽 - ジャンル:音楽

角田光代 「対岸の彼女」

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文春文庫(か 32-5)

出版社:文藝春秋
ISBN:978-4-16-767205-8
発行:2007/10


大人になったら、友達をつくるのはとたんにむずかしくなる。
働いている女が、子供を育てている女となかよくなったり、家事に追われている女が、いまだ恋愛をしている女の悩みを聞いたりするのはむずかしい。高校生の頃は簡単だった。一緒に学校を出て、甘いものを食べて、いつかわからない将来の話をしているだけで満たされた。
けれど私は思うのだ。あの頃のような、全身で信じられる女友達を必要なのは、大人になった今なのに、と。
――角田光代



かなり評判の良い小説なので読んでみることにしました。この本、直木賞もとってるんですね。

女性の友情について描いたこの小説。
女性という生き物ほど不可思議でとっつきにくいものはないと思っている僕は、作者の角田さんも女性ですが、女性が描いた女性の友情というのにとても興味をひかれて読み始めました。

ただ、読み始めてしばらくは、な〜んかしまりのない話だなぁといささか退屈しておりました。
ベートーヴェンの5番交響曲のようにいきなり主題からズバーンと入ってくるような小説だとこちらも世界に入っていきやすいのですが、興味を持ってしっかりと話に入って行けたのは中間以降からでしたね。

この小説、過去と現在の時系列でそれぞれ違う人間を描く視点、で話が交互に展開していくのですが、そのまま読み進めたいところでリズムが途切れてしまうのでどことなく苛立ちを覚えました。
なんていうか、続きがみたいところでCMが入るテレビ番組みたいで。
まあそれがうまい具合に最後でぴたりとくっつくのですが、そこまでたどり着いた頃には、やっとかーっていう感じでした。

初めのうちは葵の中学時代の話と現在の彼女とのギャップにどうしても違和感があり、どちらかというとこれは小夜子の過去なんじゃないの?という感じがしたのですが、でもこれも作者の意図したことなのだというのが最後の方になるとわかります。

実はきちんと話の流れや細部の関わり方までを構成してあるのがいいですね。
例えば、夏休みにペンションでアルバイトをする葵とナナコが雇い主からあれこれと仕事を指示される部分を読んでいると冒頭の小夜子と葵と中里典子の関係が思い起こされて、なんとなくナナコ=小夜子なのかなという印象を持たされます。
(細かいですが、小夜子は中里典子から、ナナコが雇い主から指示されたのと同じ「台所」を掃除するように言われています。)
それが、きちんと繋がったのが読んでいて嬉しかったです。やっぱりこういう部分の構成とかがきちんと凝っている人が書いた本っていうのはなんか好きです。


最後のあたりまで気づかなかったけど葵が旅行業をやっていることもちゃんと彼女の過去と関係あるんですね。もうひとつのビジネス、掃除代行業も実はそれでなくてはいけないように作者が設定したのかなと思いました。


小説の中身はしっかりと練りこまれているためか、とてもリアリティがあります。
でもそれはあまり振り返りたくないような経験だったりもするんですよね。学校の人間関係や家族との関係に関して述べられているところはどうも思春期にあるすこしどんよ〜りした感じが思いおこされてなんかちょっとだけ暗い気持ちになってしまいました・・・

最後に小夜子が「わかった。こういうことなんだ」と何かを掴む部分では、「ええ、そういうことなのか・・」と少しばかり解せない気分になりながらも爽やかに物語が閉じられたことにどことなく安心感があったことは確かです。


ようは前向きな姿勢を示して話を閉じたいのかもしれないけど、僕はとかくノスタルジーに浸りがちな人間なので、一歩を踏み出そうとか、前向きに頑張ろうとかっていう姿勢は一時期はそうだったし、遮二無二何かに取り組んでいるときはそうとしか思わない思考回路ができあがっていたりするんだけど・・・

でも、どうしてもこの小説を読んでいると、そういった前向きな姿勢よりもノスタルジーだったり、物寂しさの方に惹かれるんですよね。

大人になれない葵と小夜子の対比。どちらの言い分もわかるだけに寂寥感がかきたてられて、実は同じ、重なる部分もあることが余計にそういう気持ちにさせる。こういう人と人との関係のややこしさについて丹念に描いている点が僕は一番この小説で印象に残った部分ですね。

それから、そもそも僕は、女性作家の角田光代が描いた女性同士の友情という点に興味を持ったわけですが、実は男も女も、もっとえいば世代というものあまり関係ないのかなということを思いました。
たとえば、本書の中で葵が「私達の世代(30代後半)ってひとりぼっち恐怖症じゃない?」と言っている場面がありますが、これは今の大学生世代にも確かにあるというのを当事者である僕も自分を含め、周りを見ていて、ときに敏感に感じるときがあります。


「他人と自分との関係」という、多くの人が悩み考える問題を描いたこの小説にはそれぞれが抱いた人間関係の形がどこかしら現れている部分があるのではないかと思います。
いくつも共感というか、引き寄せられる描写がありましたが、ひとつだけここに引用しておきます。

けれど、一定の距離を超えて相手が近づいてくると、葵はあわててバリアをはる。電話にでなくなったり、学校にいかなくなったりして、また一定の距離ができあがるのをじっと待つ。幾人かの友達はそのうち離れていったし、男友達が恋人になることはなかった。だれかと親しくなることはこわかった。葵のなかで、親しくなることは加算ではなく喪失だった。



う〜ん・・・(-_-;)

あるある。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

「ストーカー」 (原題:『One Hour Photo』)

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地元のスーパーの写真カウンターに20年以上勤めるサイ・パリッシュ。彼は、地元の顧客が持ち込むネガを1枚1枚丁寧に仕上げている。ヨーキン一家もそんなサイの大切な顧客だった。サイはヨーキンの息子・ジェイクが生まれたときからの写真や彼らの幸福に満ちた家族写真を扱っていた。天涯孤独のサイは数千枚に及ぶその写真を見ているうちにいつしか自分もその家族に憧れるようになり、次第にはこの一家の一員になりたいと思うようになる。やがてその思いはマヤという女性が持ち込んだネガを現像した時に、べつの形になって表れた…。



中央線の遅延、大変でしたね。7時間遅れて50万人に影響がでたとか・・・。
僕は今日は大学の講義が1コマだけ入っていたのですが、電車が遅れていたのでそれを理由に行くのやめました。新学期1回目の講義は大抵ちょこっとだけ内容説明して終わりだし。
まあ、まだ慌てる時間じゃない。


ということで、昼頃家でテレビを見ていたらテレ東でやっている映画に興味をひかれて、初めから最後まで見てしまいました。その映画とは、ロビン・ウィリアムズの「ストーカー」(原題:『One Hour Photo』)。

大分前に宣伝で知っていた映画で、そのときからちょっと気になっていたので見ることができて嬉しかったです。テレ東って割かし最近の映画も放送してるんですね。なんか薄汚いB級映画ばっかりやっているイメージがあったんですが。(見直したぜ、テレ東!)

この映画、上にストーリーの要約が書いてありますが、サイコスリラー系統の映画です。ちょっと前にこのブログでこの映画と同じ題名の「ストーカー」(ディーン・R・クーンツ)という小説のことを書きましたが、それとまあ同じような雰囲気の映画ですね。
違うのはこちらはいつも身近で感じの良い人が実は恐ろしいサイコだったということですね。


この映画、何よりもそのサイコを演じた主演のロビン・ウィリアムズに尽きます。
ロビン・ウィリアムズといえば、「ジュマンジ」や「ミセス・ダウト」、あと「アンドリューなんちゃら」などなどコミカルな役やハートウォーミングな役を演じる俳優というイメージがありますが、この映画の彼はそういったものとは別物です。

その演技にはただただ感服させられます。
この映画のロビン・ウィリアムズを見ていて「俳優」っていうのはこういう人のことを言うんだよなと心からそう思いました。もう、圧倒的な力で観客を自分の内側から出てくるエネルギーで魅了している。
この映画はほとんど彼の持つ演技力によって支えられているように感じました。

日本では映画のお寒い内容をカバーするためなのかやたらと有名タレントばかりを主役にした映画が目立ちます。どこかで聞いたことがありますが、日本では俳優、女優を育成するためのステージが設けられていないらしいですね。
ロビン・ウィリアムズの演技を見ていると、日本にはこんなことできる人なんていないんだろうなぁと、海外の環境が羨ましくなります。


彼の演技以外には、映画の中の色の使い方というのもとてもスタイリッシュで、映像のもつ力を監督は大事にしているんだろうなというのも感じました。
ロビン・ウィリアムズ演じるサイの身のまわりは虚無感のある白や薄い色で固められ、その中にカラフルな写真が対照的に映し出される。
こういうちょっと不気味な映画によくある埃っぽくて汚らしい安っぽさがなくて良いですね。


いや〜、かなり引き込まれる映画でした。ただ、不気味なだけではないです。
自分の演技力がそのまま映画の推進力になっていくような素晴らしい俳優が日本にも出てきたらいいなぁ。

テーマ:TVで見た映画 - ジャンル:映画

楽劇「ワルキューレ」 東京二期会公演 ハイライト



クラシック音楽が好きな人でも、オペラだけはどうも苦手という人は多いと聞きますが、僕もそのひとり。

クラシック音楽を聴くようになってからまだ1年程度ですが、それなりにいろいろと聴いてきて、一般には親しみにくいと言われている現代音楽もいくらかは聴いていて平気なまでになりました。
それでもオペラだけはどうしても・・・


だけどクラシック音楽への触れ方というのは、新しく知った音楽に少しずつ馴染んでいくものだと思うのです。たとえば、大体どんな作曲家も一度聴いただけでは良さがわからない。少なくとも僕はそうです。


僕が初めて聴きに行ったオーケストラの演奏会のプログラムには、「ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲」が入っていました。メインは「ブラームス:交響曲第1番」。
そのときは当時クラシックを聴き始めたばかりの僕でも知っていたブラームスの一番を目当てに聴きに行ったので、ブルッフのコンチェルトを聴いても「なんかつまんない、退屈だ」と思っていました。


しかししかし、今やブルッフのヴァイオリン協奏曲は僕の中で一番好きなヴァイオリン協奏曲です。
今思い返すと当時の自分はなぜこれほど魅力のある曲に全く興味を示さなかったのか、不思議でしょうがないのです。
これはブルッフに限らず他のものもそうでした。「わからない」、「つまらない」と思ってきたブルックナーに僕は今ではすっかり惹き込まれています。


それと同じようにオペラに親しむことができたらまた新たな喜びが体験できるのではないかと思い、先日NHKの教育テレビで放送されたワーグナーの「ワルキューレ」のハイライトを初めから見てみることにしました。正確にはこれはオペラではなくて楽劇ですけどね。

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指揮者が飯守さんだったのも興味を引かれた要因でした。抜粋した形では飯守さんのワーグナーを聴いたことがあるけど、そもそもどんな劇の曲なのか、それがわかれば曲の理解も深まるに違いない。


番組はところどころ簡略されたハイライトという形でしたが、全部で2時間ぐらいだったでしょうか。
途中で飽きたら見るのをやめようかと思ったのですが、最後まで集中して見ることができました。

大掛かりな映画を見ているようで結構楽しかったです。
ストーリーも馬鹿げていなくて良かった。小説としても成り立ちそうな話なんですね、ワーグナーの楽劇って。
あとは、やはり管弦楽と歌と芝居という芸術の要素が一体となった様式の面白さというのはあるなと感じました。

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有名なオペラにはまだちょっと接することができなさそうですが、少なくともワーグナーに限っては他の作品に興味がでました。とりあえず「ニーベルングの指環」の残り3つの楽劇はDVDででも見てみようかと思います。
機会があれば生でもワーグナーの楽劇という世界に触れてみたいです。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

ディーン・R・クーンツ 「ストーカー」

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 翻訳:沢万里子

 創元推理文庫(M ク-6-1)
 ISBN:4-488-19304-8
 発行:1999/02(新装版版)

11歳の義弟コリンを連れ、妻が待つサンフランシスコを目指し、サンダーバードで大陸横断の旅に出た新婚のアレックス。が、一台のヴァンがどこまでもつけてくる。これは偶然なのか?じりじりと迫る妄執の影を背に、楽しいはずの5000キロの旅は悪夢の逃避行となった!若きクーンツが'70年代アメリカの現実を直視し、緊迫の筆致で描いたサイコスリラー。(『狂った追走』改題)



小説を読もう!
ちょっと前にそう思い立ってブックオフに行って気になる本を数冊買ったのですが、これはそのうちの一冊。

今まではそもそも小説っていうと、サリンジャーの「ライ麦畑」とか、ドフトエフスキーの「罪と罰」とか、太宰治の「人間失格」とか、夏目漱石の「坊ちゃん」とか、名の知れたものからほんとにちょこっとつまむ程度しか読んだことがありませんでした。

それも中学、高校のときに一時的に読んでた時期があっただけで最近ではほとんど小説を読まなくなっていたのですが、最近また小説が読みたくなりまして。
せっかくだから自分が今まで読んだことのないようなジャンルのものも読んでみようと思って選んだのが、このディーン・R・クーンツの「ストーカー」。

読んでみても感じたのですが、この本のジャンルって何なんだろうか・・・
僕はあまり小説を読んでいないのでジャンル分けについても詳しく知りません。なんせ、純文学とはどんな内容の小説か、それすら最近知りました。
なのでこの小説がどんなジャンルに属するのかいまいちわからない。
スリラー、サスペンス、ミステリー・・・

なんとなくですけど、僕の中では「サスペンス」かなということでこの記事のカテゴリーも「サスペンス小説」にしておきました。不安な気持ちにさせる小説だと思ったので。
調べてみたら、ディーン・クーンツっていう人はジャンルごとにきっぱりわけて小説を書くよりもいろいろな要素を混ぜて書く作家みたいですね。そういう発想って好き。


上に簡単な内容が書いてありますが、話の筋からいくと、スピルバーグの「激突!」が思い起こされます。ただ、あれはたしか犯人がずっとわからないままだけれどもこちらは読者には誰がストーカーなのかが序盤ですぐに知らされています。

追うものと追われるものの視点にわけて書かれているので、読んでいて緊迫感があります。
特に、追われる側のアレックスと追う側のストーカーが直接対峙する場面はとにかく丁寧な描写で引っ張るのでドキドキさせられます。
でも、ちょっとだけ長い気もしましたね。結末の部分は一気に駆け抜ける感じでいいけど。
あと、ちょっと気になったのは時おり出てくるベトナム戦争のくだり。この部分はなんか周りから浮いていて余計な気がしました。


読後感はあんまり後味のいいものではなかったですね。
なんででしょう、こういうジャンルの本って大体こんな感じなんでしょうか。
結局読み終えてみると、なんか大変なことになっちゃったね、怖いですね。っていう感じで、あんまり感慨がないというか・・・
もちろん、「涙が出る=良い映画」ではないのと同じように、「読後感が悪い=悪い本」ではないのでしょうけど。

結構楽しめたのも事実で、精神異常者に追われて命を狙われるという内容なのに、ただおどろおどろしいだけでないのは、やっぱりコリンの存在があるからなんでしょうか。
年齢の割りにませた少年のコリンと、義兄弟のアレックスのコンビのやりとりは微笑ましくて好感が持てました。

あとは、コリンにしてもアレックスにしてもキチガイストーカーのリランドにしてもきちんと人間の内面を書いている、心情の変化が書かれているところがあったから、きちんと物語の中に入り込めたのかなと思います。

ディーン・クーンツ。
米国と比べて日本ではあまり知名度も人気もないらしいですが、なかなか凝っている小説を書く人だと感じました。別の本も読んでみたいです。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

私の音楽遍歴6 〜映画音楽の巨匠・モリコーネとの出会い〜


Ennio Morricone - Cinema Paradiso


今回は、現代の映画音楽の巨匠、エンニオ・モリコーネについて。

僕とモリコーネの出会いは「海の上のピアニスト」(原題:「LEGEND OF 1900」)。

中学生ぐらいのときに初めて見た映画だったかと思いますが、この映画は現在でも僕の一番好きな映画です。有名な映画なので見たことがある人も多いと思います。

この映画、題名に「ピアニスト」とあることからもわかるように劇中の「音楽」というのが単に映像に付随するだけのものに留まらない重要なものとして扱われています。


小さい頃から、アクション映画ばかり見ていて、ときには気に入った映画のサントラも買っていた自分だったので、「海の上のピアニスト」の中の音楽に当然のように興味が出て、すぐに近くのCDショップで見つけ出して買いました。

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サントラCDのジャケットには、大きな文字で「Ennio Morricone エンニオ・モリコーネ」の表記。


それまで持っていたサントラには作曲家の名前なんてどこに書いてあるか気にしてもいなかったし、映画音楽の作曲家なんて誰一人として名前すら知らなかったので、この人はきっとすごい人なんだろうなぁと思ったのを覚えています。

「海の上のピアニスト」にとどまらず、これほどまでに美しいメロディを書く人はいないのではないでしょうか。

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おそらく彼の手がけた映画音楽の中で一番有名な作品である「ニュー・シネマ・パラダイス」は誰もが一度は聞いたことのある音楽だと思いますし、他にも「マレーナ」、「ミッション」、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」、などなどの美しくて、ノスタルジーを感じさせる彼の映画音楽に僕は惹きこまれていきました。


モリコーネは、そういった類の音楽だけではなく、マカロニウエスタン(イタリア製作の西部劇)の音楽も得意でこれもまたカッコいいのです。彼は過去2回、日本に来日してコンサートを開いているのですが、特に生で聴くマカロニウエスタンは聴いていて心が躍ります。


モリコーネ本人も自分がどれだけ曲を作ったのかわからないというほどの多作家なので、彼の音楽の魅力は本当に幅広いです。怪しい音楽だったり、スリリングな音楽だったり、カフェで流れていそうな軽い音楽まで、数々の作風を持っています。


しかもそのどれもがハイクオリティなので、入り口は「ニュー・シネマ・パラダイス」に代表されるような親しみやすい美しいメロディの曲であっても、他の作品を聴くと、また違う一面を見せてくれて興味がさらに深まっていくんですよね。


3度目の来日を心待ちにしているのですが、もう来てくれないのかなぁ・・・


高齢なので、イタリアから日本への演奏旅行は大変かもしれませんが、もう一度、モリコーネ本人の指揮で、生であの音楽に触れたいです。

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↑2004年、2005年の来日コンサートのパンフレットです。
2回目の来日公演には当時の首相・小泉純ちゃんも聴きに来ていました。

テーマ:映画音楽 - ジャンル:音楽

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